2020年10月23日金曜日

ジョーゼフ・キャンベル『千の顔を持つ英雄〔新訳版〕』感想と解説

 

およそ物語を作るクリエイターにとって、もっとも重要な書物である『千の顔を持つ英雄』。

 

読みにくいとちまたで評判なのを読んだ、その感想と解説。

 

読みにくいのはまあ、まちがいないんだけど、この本の主題はおよそ一つしかない。

 

 

 

世界中の神話に出てくる英雄譚には共通点がある。

それは、出立、試練、帰還である。

 

 

この説明のため、たくさんの神話を引用し、精神分析学的な解説を加えたのが、この本だ。

 

以下、引用。

 

こうした見方(ブログ主注:神話の象徴作用に心理学的な意味があるという考え)にならえば、驚くような物語――伝説の英雄の生涯や、自然に宿る神々の力、死者の霊魂、トーテムの祖先の話として語られる物語――を通して、人間の意識的な行動パターンに隠された無意識の欲求や恐れ、緊張に象徴的な表現が与えられる。

下巻 P100

 

 

 

そのため、私たちが受け継いできた神話の形状の価値をきちんと把握するためには、神話が無意識(実際は、人間のあらゆる思考や行為)の表れであるだけでなく、制御され、意図された、ある種の精神的な原理――人間の肉体そのものの形や神経組織と同じように、人類の歴史が始まってこのかた、ずっと不変の原理――を表現していることを、知っておく必要がある。

 

下巻 P102

 

 

 

ギリシア神話と日本神話に、似た話があるというのを聞いたことはないだろうか? 

オルフェウスの冥界下りと、イザナギの黄泉の国の訪問だ。

 

あるいは、英雄が巨大な生き物(怪物)に飲み込まれ、そこから脱出する話。

ケルト神話とエスキモーの神話に、似たものがある。

 

神話は、その深層でつながっており、人間に対して同じメッセージを伝えるべく伝承されていっている。

 

そして全ての英雄譚は、ひとつの原型の(出立、試練、帰還)のマイナーチェンジである。

 

キャンベルはこれらに共通する原型となるプロットを「単一神話(モノミス)」として、提唱したのだ。

 

 

▲非常にありがたいことに、英雄の旅がわかりやすい模式図であらわされている。

下巻 P88より引用

 

 

この本の功績は、英雄譚の基本構造を、明文化したことだろう。

 

時代と地域を越えてあらわれる、様々な名と功績を持つ英雄たち。

 

その英雄譚はみんな、「出立」「試練」「帰還」のプロットと二〇種類ほどの説話で成り立っている。

 

世界中で様々な名と顔をもちながら、ほぼ同じ物語を歩む英雄たち。

 

まさに、千の顔を持っているってわけだ。

 

 

同じ英雄譚が伝わっているということは、それは普遍的に人間の心をとらえる物語なわけでもある。

 

この本は、本来の真理の探究的な目標から外れ、アメリカの映画関係者(最大の有名人はジョージ・ルーカス)の目にとまる。

 

著名となり、多くの作品の参考となり、アメリカ映画の成功と画一化に貢献した。

 

日本でもこの本を引用、もしくは孫引用した書物が「物語の作り方」「誰でも書けるライトノベル」的な名前で大量に出版ベースに乗り、ラノベの増産となろう系の増殖に一役買った。

 

 

かようなように、キャンベルは一部で人気があるのだが、学術的な研究の対象にはなっていないようだ。

 

博識すぎて並の人間では分析できない、オカルトすれすれのユング派の考えを借用している、などが理由と思われる。

 

それに、「単一神話」論にも問題点がないわけではない。


例えばオリエントとギリシャと北欧に似た話があるからと言って、それが速やかに一つの神話の存在を想定する理由にはならない。

それらの文化圏は地理的に近接しており、文字のなかった時代から文化的な交流があったはずだからだ。

 

ただしこれは、日本とギリシャのような地理的に隔絶した地域に似た話がある理由の説明がしにくい。


また、なぜ無数にあったはずの神話から、似たような話ばかりが現代まで生き残ったかも明らかにできない。

 

 

やはり、人類の精神には普遍的ななにかがある、としたほうがいいだろう。

 

 

それでこの本、クリエイターなら読め、と言われているが、無理に読む必要はない。

 

短い本ではないし、楽しんで読むには神話について多少の知識が必要となってくる。

 

事実、ディズニーでは、文庫だと上下二冊になるこの本の骨子をぶっこ抜きして七ページほどに圧縮したのが、指南書として使用されていたそうだ。

 

 

「世界中の神話には共通点がある」

 


という知識一つを持っていたら、あとは各々が自分の好きな神話や物語を調べて学んだらよいと思う。


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