2021年1月7日木曜日

レビュー『涼宮ハルヒの憂鬱』十数年ぶりに読んで

 



「涼宮ハルヒって、僕が保育園のときの作品じゃないですか」

というセリフは、時の流れの速さを感じさせるものだ。

今日は、「名作」であっても旧態(きゅうたい)化は避けられないんだなって話と、それでもおもしろいという結論。


目次

●わがまま系ヒロイン ハルヒ
●その強奪方法はちょっと・・・
●その他細かい旧態化
●それでもいい作品ではある




わがまま系ヒロイン ハルヒ

ヒロインがわがままなのは、現代においてはあまり受け入れられない。これはおそらく、男女平等をはき違えた女性のわがままによる実害が増えてきたことによるものだろう。

困ったことに、「涼宮ハルヒ」シリーズは、そのハルヒのわがままによって、物語として成り立っている。

彼女の思い付きによる「SOS団」の創設、(超非効率な)市内の探索、その他イベント、催し物など。

このわがままが、物語の根幹であるがゆえ、ちょっとしおらしくしたぐらいではフォローしきれないものになってしまっている。



その強奪方法はちょっと・・・

隣のコンピュータ研からパソコンを強奪するシーンがあるのだが、方法がちょっといただけない。

みくるちゃん(巨乳ロリ上級生)の胸に無理やり手をあてさせ、それをだしにゆするというものだ。

これはもちろんギャグ描写であるし、当時の自分もギャグとして受け入れたのだが、現実で痴漢の罪をなすりつけて金を摂取する犯罪が起こっている以上、素直に笑えなくなってしまっている。

これを現代風に書き直すとしたら、コンピュータ研の部長が実はみくるちゃんを盗撮していて、そのデータを奪取するついでにパソコンもちゃっかりちょうだいする、みたいな感じになるだろう。



その他細かい旧態化

仕方のないことだが、どうしても描写が古びてしまっている部分がある。

例えば、作中でキョン(主人公)が言及する「ノストラダムスの予言」。

当時、1999年に世界が滅びるという予言があったのだが、今の中高生にはピンと来ないだろう。

また、いかんともしがたいのが、パソコンの描写だ。

電源投入からの立ち上げが遅い、というのは、現代のパソコンでも起こりうるが(当時は、誇張抜きで、カップ麺が作れるぐらい遅いことがあった)、マウスポインタが砂時計の形になるとか、もはや意味不明だろう。

(WindowsのXPや95は、入力された事柄の処理に時間がかかる時、今みたいに青い円がくるくるするのではなく、砂時計が表示された)。


そういえば、ハードディスクが回転するときのカリカリって音も、最近のパソコンじゃほとんど聞かないな。



それでもいい作品ではある

本当におもしろいものは、いつまでたってもおもしろいものだが、「涼宮ハルヒ」シリーズにはそれがあてはまる。

朝比奈みくるは今読んでもかわいいし、長門や小泉もいい味を出している。主人公は設定として凡庸とされるが、独特の一人称の語り口によって非凡なキャラとなっている。というか、キョン君ボキャブラリー豊富だな・・・

『憂鬱』といっしょに『消失』も読んだのだが、構成が見事な作品である。それだけでなく、表現もいい。構成、もしくは表現がいい小説はいっぱいあるが、どちらも兼ね備えたものはなかなかない。

場面の一つ一つが、「ああ、ここ覚えているな」と思い出せる。

印象に残るのは、創作においては強みだ。



新刊が長らく出なかったことによって、総発行数で日本最大のライトノベルではなくなってしまったものの、これからもじわじわと売り上げを伸ばしていくと思う。


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