これは、一人の青年がシャケと戦い、シャケを手に入れ、シャケを食卓に並べるまでの物語である。
それは、ある平凡な日常からだった。
彼は仕事中、自主的に作った休憩時間を使って、自分の住む地方のことを調べていた。彼はマイブームが「川」だったこともあり、ひたすらWikipediaの二級河川の記事をはしごしていた。
そこで「津軽石川」という名前を見つけたのだった。
「津軽石川?」川と言う名はついているが、川の名前としては不自然な感じがする。もっと・・・ そう、まるで北にある限界集落の名前みたいだ。
青年はまるでなにかに導かれるように、クリックを繰り返した。
「鮭まつり・・・?」
しかも、川に入ってつかみ取りができるという。
パンフレットには、鈍器になりそうなほどの大きさの鮭が高々とかかげられている。青年はこの魚の相場を知っていた。――1尾5000円。彼の一週間の食費とほぼ同じだ。
青年は、多少腕に覚えがあった。少年時代、メダカ、ドジョウ、おたまじゃくし、ザリガニ、カブトエビ、ホウネンエビその他の水生生物どもを、つかみどりしていたからだ。
「これはまさに、俺のためにあつらえられたイベントじゃないか!」
気づけば青年は、会場へと向かうバスに乗っていた。おかげでいつも使命感で見ている「仮面ライダー」を見損なってしまったが、5000円の現物獲得には変えられない。なーに、一話ぐらい見落としても、味方だと思っていた人が急に敵になるような展開はあるまい。
会場は、川を30×30メートルほど区切られていた場所だった。中央を竹を立てているところを見ると、これは神事でもあるのだろう。
列に並び、整理券をもらう。参加料1000円を払った。青年は11時半からのつかみどりだった。順番で言ったら第三陣だ。
第一陣の出撃風景
第一陣は、開場三時間前から並んだ歴戦の現地人で構成されている。つまり練度が高く、士気も上々だ。
あっという間に、柵の中の鮭はいなくなった。
「あれ? 俺の採る分は?」
心配は無用だった。まもなく「いすゞエルフ」のトラックタイプがやってきて、ドボドボと鮭を追加したからだ。
捕獲待ちの鮭
出店のたい焼きを食べながらそんな様子を見ていると、11時半まではあっという間だった。
胴付き長靴を借り、手袋をはめる。デュエルスタンバイ。
他の素人は借り物の二束三文の軍手をはめているようだが、俺はちゃんと自前で、ナイフの刃も通しにくいやつを持ってきたぜ!
これで、鮭が胸びれとか背びれで逆襲してきても、無問題だ!
と、青年はほくそえんだ。
いよいよ漁が始まる。各人いっせいに川に踏み込む。鮭が暴れ、水がにごり、あちこちで「つかめた、つかめない」で歓声が起こる。
青年は出遅れていた。肝心の手ぶくろがレインコートに引っかかったのを直すのに手間取っていたし、それに最初につかんだ一匹目がまったく動かず「死んでるのか?」と誤認して逃げられるハプニングもあったからだ。
「まずい」なぜなら水の濁りがますます増すから。
「あせるぜ」小さな幼子さえ「採ったどー」と叫んでいる。
青年は理解した。時間がたてばたつほど、この狩りは不利になると。
捕まえられる鮭が減るということは、鮭の逃げ場が増えるということである。すしでもないのにすし詰めだった鮭たちは今や、川を上るような速度で泳いでいる。
「こうなったら、こうなったらもう、必殺技を使うしかない」
狙いをすませる。捕まえられない理由は、中腰でかがんだ状態で手を差し出すとタイムロスがあるからだ。
決意をすれば、青年は手が早い、いや、足が速い。
ちょうど横切った鮭を、蹴ったのだった。
ぐったりした鮭を、そのままつかんで陸にあげた。手袋はさして役に立たなかった。
惜しくも頭が見切れている
時間にして、10分だっただろうか。死闘・・・ とまでは言わないものの、とにかく今年一番の相手であった。
そう思いながら、青年は無料で振舞われた鮭汁をすすっていた。川はすでに澄んでおり、遠くで白鳥が鳴いている。
はたと、青年は気づいた。それは致命的かつ、重大な問題だった。
「これ、どうやって食おう?」
青年は、これまで魚をさばいたことがなかった。ただの一匹たりともだ。
買って来る魚は加工品ばかりだったし、料理もほとんどしない。文学青年を志す青年の文章力は、あまたの家事能力の犠牲の上に成り立っていた。
彼の家にあるもっとも大きなまな板と最強の刃物は、いずれものり巻きやだしまき卵など小さきものどもを切ることに有用であり、一口大以上のブツを切ったことはなかった。
まな板どころか流しにもちゃんとのらない
文字通り刃が立たない
青年はとりあえず、近くにある釣具店を何件か回った。こうゆう店には、ウロコ落しが付いた大型のナイフが置いてあることを知っていたからだ。ナイフはなかった。
やむなく車に乗り、ホームセンターまで行き、一番大きくて重い出刃包丁を買い求めた。お値段5000円。あの鮭が5000円相当だとしても、ガソリン代とあわせて赤字である。
「OKグーグル、鮭のさばき方!」
ぴろりん。軽快な音が鳴り、携帯画面にこぎれいに解体された鮭が表示された。
「ふむ、包丁でウロコを落として、頭を落として、腹を切って内蔵をとりのぞけばいいんだな。いくぞシューマッハ(包丁の名前)! 」
ウロコ取り中
解体中
「・・・ふむ、オスか」
精子の詰まった袋が二本出てきた。いわゆる白子である。
青年は白子が食べられることを知識としては知っていたが、食べ方は知らない。
「とりあえず冷蔵庫だな」
精子を冷蔵保存すると、ここからが大変である。
三枚におろすわけだが、とにかく身が大きいのだ。
「でも大丈夫だ。ほら、俺ってモンハンでけっこう素材はぐ経験してるわけだし・・・ うわ、血だー血だー」
ただでさえ大量に出ていた血がますます増える。片刃の包丁は使いにくく、しかもシンクから鮭が滑り落ちた(大惨事)。
・・・2時間後
肥後ナイフも使って、骨から身をこそげおとした
「ふう、鼻曲がり鮭さんは強敵でしたね!」
まわりにはメガザルロックがはじけたみたいにいろいろ転がっているし、おろしたてのシューマッハにさっそく傷が付いているし(骨が太すぎた)、さんざんであった。
が、とにかく大量の鮭の切り身が手に入った。Lサイズのジップロック5袋分で、まちがいなく今年一年は鮭に困らないだろう。
コンセントを抜いていた冷蔵庫を稼動させる。今日使う分を除き、冷凍庫に放り込んだ。食材を冷凍保存する経験も、生まれて始めてであった。
解体に疲れて食欲が失せてしまっていたが、食べないと減らない。青年にはおすそ分けするような友人知人親類縁者が皆無なので、ただ自分の胃袋だけがたよりだ。
調理してみると、少し脂身が多いことがわかった
とりあえず照り焼きと、親子丼風にしてみた。なお親子丼は、青年の「作れないこともない料理四天王」のうちの一つである。
「明日から、どうやって鮭を減らしていこうか・・・」
とにかく心配するのをやめ、明日から調理の練習を、否、まず調理器具をそろえるところから、始めなければならない。
照り焼きを一切れ、口に運ぶ。
「やっぱり、料理酒と砂糖がいるな。明日、買ってくるか」
調理器具ばかりでなく、調味料も必要だと、思う年末であった。
と、青年はほくそえんだ。
いよいよ漁が始まる。各人いっせいに川に踏み込む。鮭が暴れ、水がにごり、あちこちで「つかめた、つかめない」で歓声が起こる。
青年は出遅れていた。肝心の手ぶくろがレインコートに引っかかったのを直すのに手間取っていたし、それに最初につかんだ一匹目がまったく動かず「死んでるのか?」と誤認して逃げられるハプニングもあったからだ。
「まずい」なぜなら水の濁りがますます増すから。
「あせるぜ」小さな幼子さえ「採ったどー」と叫んでいる。
青年は理解した。時間がたてばたつほど、この狩りは不利になると。
捕まえられる鮭が減るということは、鮭の逃げ場が増えるということである。すしでもないのにすし詰めだった鮭たちは今や、川を上るような速度で泳いでいる。
「こうなったら、こうなったらもう、必殺技を使うしかない」
狙いをすませる。捕まえられない理由は、中腰でかがんだ状態で手を差し出すとタイムロスがあるからだ。
決意をすれば、青年は手が早い、いや、足が速い。
ちょうど横切った鮭を、蹴ったのだった。
ぐったりした鮭を、そのままつかんで陸にあげた。手袋はさして役に立たなかった。
惜しくも頭が見切れている
時間にして、10分だっただろうか。死闘・・・ とまでは言わないものの、とにかく今年一番の相手であった。
そう思いながら、青年は無料で振舞われた鮭汁をすすっていた。川はすでに澄んでおり、遠くで白鳥が鳴いている。
はたと、青年は気づいた。それは致命的かつ、重大な問題だった。
「これ、どうやって食おう?」
青年は、これまで魚をさばいたことがなかった。ただの一匹たりともだ。
買って来る魚は加工品ばかりだったし、料理もほとんどしない。文学青年を志す青年の文章力は、あまたの家事能力の犠牲の上に成り立っていた。
彼の家にあるもっとも大きなまな板と最強の刃物は、いずれものり巻きやだしまき卵など小さきものどもを切ることに有用であり、一口大以上のブツを切ったことはなかった。
まな板どころか流しにもちゃんとのらない
文字通り刃が立たない
青年はとりあえず、近くにある釣具店を何件か回った。こうゆう店には、ウロコ落しが付いた大型のナイフが置いてあることを知っていたからだ。ナイフはなかった。
やむなく車に乗り、ホームセンターまで行き、一番大きくて重い出刃包丁を買い求めた。お値段5000円。あの鮭が5000円相当だとしても、ガソリン代とあわせて赤字である。
「OKグーグル、鮭のさばき方!」
ぴろりん。軽快な音が鳴り、携帯画面にこぎれいに解体された鮭が表示された。
「ふむ、包丁でウロコを落として、頭を落として、腹を切って内蔵をとりのぞけばいいんだな。いくぞシューマッハ(包丁の名前)! 」
ウロコ取り中
解体中
「・・・ふむ、オスか」
精子の詰まった袋が二本出てきた。いわゆる白子である。
青年は白子が食べられることを知識としては知っていたが、食べ方は知らない。
「とりあえず冷蔵庫だな」
精子を冷蔵保存すると、ここからが大変である。
三枚におろすわけだが、とにかく身が大きいのだ。
「でも大丈夫だ。ほら、俺ってモンハンでけっこう素材はぐ経験してるわけだし・・・ うわ、血だー血だー」
ただでさえ大量に出ていた血がますます増える。片刃の包丁は使いにくく、しかもシンクから鮭が滑り落ちた(大惨事)。
・・・2時間後
肥後ナイフも使って、骨から身をこそげおとした
「ふう、鼻曲がり鮭さんは強敵でしたね!」
まわりにはメガザルロックがはじけたみたいにいろいろ転がっているし、おろしたてのシューマッハにさっそく傷が付いているし(骨が太すぎた)、さんざんであった。
が、とにかく大量の鮭の切り身が手に入った。Lサイズのジップロック5袋分で、まちがいなく今年一年は鮭に困らないだろう。
コンセントを抜いていた冷蔵庫を稼動させる。今日使う分を除き、冷凍庫に放り込んだ。食材を冷凍保存する経験も、生まれて始めてであった。
解体に疲れて食欲が失せてしまっていたが、食べないと減らない。青年にはおすそ分けするような友人知人親類縁者が皆無なので、ただ自分の胃袋だけがたよりだ。
調理してみると、少し脂身が多いことがわかった
とりあえず照り焼きと、親子丼風にしてみた。なお親子丼は、青年の「作れないこともない料理四天王」のうちの一つである。
「明日から、どうやって鮭を減らしていこうか・・・」
とにかく心配するのをやめ、明日から調理の練習を、否、まず調理器具をそろえるところから、始めなければならない。
照り焼きを一切れ、口に運ぶ。
「やっぱり、料理酒と砂糖がいるな。明日、買ってくるか」
調理器具ばかりでなく、調味料も必要だと、思う年末であった。
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