2019年12月30日月曜日

たまむず本『鼻行類』

▲ハラルト・シュテュンプケ(日高敏隆・羽田節子訳)『鼻行類』平凡社ライブラリー

陸上のほ乳類は、そのほとんどが、脚で移動する。動物園を見ていただければわかるが、檻の向こうのだいたいが、のしのしと歩いている。



もちろんコウモリのような例外があり、動物は驚くべき進化をする。

それが、今回の「たまにはむずかしい本を読む」の内容だ。

●本の説明

『鼻行類』は、新種のほ乳類「鼻行目」について書かれた本だ。

この生き物たちは、太平洋上のハイアイアイ島の固有種で、それまでわかっていたほ乳類とは異質の生態をしていた。

まずはこの絵を、ごらんにいただきたい。




▲ハラルト・シュテュンプケ『鼻行類』平凡社ライブラリー(以後『鼻行類』と呼称)P89 
 

ナゾベームは、もっとも知られた「鼻行類」の一体で、「いらすとや」にもイラストがあるほど有名だ。

この生物は、「鼻行類」の多くが備えている特徴を持っている。


・脚が退化している
・尾で食物を摂取する
・発達した鼻で移動する



『鼻行類』は、この新種の生物たちについて、紹介している本だ。


●どんなことが書いてあるの?


もっと正確に言えば、鼻行類を生物学的に扱った最初の本であり、そして現実的に手に入る唯一無二の書籍でもある。



▲『鼻行類』P73 

詳しい生態から、骨格図、進化の過程など、まんべんなく扱っている。
学名(ラテン語)が頻出する、お堅い本ではあるのだが、あまりにも奇天烈でいちいち「なんだこの生物は」と思わせる。
 
例えばこれ。



▲ナメクジハナアルキ 『鼻行類』P35

・カタツムリの腹足と同じ仕組みを持つ鼻で海岸を進む
・巻貝を拾い集めて食べる
・特殊な液体を分泌してハチを呼び寄せ、天敵から身を守る



もう一つ紹介する。



▲ハナモドキ 『鼻行類』P107

・花によじ登ってつぼみを切り落とし、そこに永住する
・鼻を広げて花のふりをし、やってきた昆虫を捕食
・風が吹かないと隣のメスに抱きつけず、交尾ができない




●鼻行類はどこで見れる?


残念ながら、生きた鼻行類を見ることはできない。

博物画などを参考に模型は作られているのだが、標本は散逸したらしく、また、写真も一葉も残っていない。

発見が報告されてからわずか十六年後に、絶滅したからだ。




●そもそも本当に実在する生物なのか?


『鼻行類』の「あとがき」には、そっけなく、ハイアイアイ群島が核実験に伴なう地殻のゆがみによって海没し、資料、研究者(作者シュテュンプケ含む)もろとも海に消えたと書いてある。

まるで物語の「夢オチ」的な雰囲気がするが、実際はどうなのだろうか?

『鼻行類』の原作がドイツで出版され、次いでヨーロッパ、アメリカに翻訳されると、生物学者たちがマジメに評論を始めた。

創作にしてはあまりにもちゃんと生物学的ルールにのっとって作られていたため、議論の余地があったためだった。

ある人は鼻行類を「進化の総合学説では説明しきれない」と評し、またある人は、「学名が国際動物命名規約に違反するもの」があると批判した。

ただ、この『鼻行類』の本そのものに、大きな批判は出ていないようだ。

※ ※ ※

シュテュンプケの『鼻行類』は学術書であるがゆえ、本文の最後に参考文献がのっている。
 
試しに、そのうちの一つを、パソコンの検索窓に打ち込んで、調べてみてほしい。
 
たぶん、一つとして、文献そのものは見つからないはずだ。



●余談:「進化論」で、鼻で歩く理由を説明できるか?


ここで、往年の学者たちに習って、自分も鼻行類の分析をしてみたい。
とはいっても、生物学について専門の教育を受けた人間ではないので、あくまでエッセイの域を出ないのだが。

発見された鼻行類のほとんどは、鼻を移動手段として活用している。歩いたり、跳ねたり、水に浮いたりだ。
この原理は詳しく解明されていて、例えばナゾベーム科のオオナゾべームは、海綿体でできた鼻の水圧システムと空気圧システムを併用して、地上を闊歩している。


ここで一つ、絵を見ていただきたい。


▲『鼻行類』P29

ムカシハナアルキは、原始的な形態を残している鼻行類で、トガリネズミに近い大きさと生活様式を持っている。

四本の足を使って移動し、地上の虫を捕食する。鼻は、とらえた獲物を四肢で口に運ぶ際の「支え」としているにすぎず、移動には貢献しない。

このムカシハナアルキが鼻行類のご先祖に近い姿をしているのなら、鼻行類は、常識的な形態のほ乳類から進化したことになる。

つまり進化において、四本足で歩いたり走ったりするより、鼻で移動する方が自然淘汰上有利、でなければならない。
 
鼻行目は、食虫目(トガリネズミがいる目)から生じたとされる(『鼻行類』P26)。
 
トガリネズミは、地球上でもっとも成功したほ乳類であるネズミ目と似た姿かたちに進化しており、つまりデザインとして優秀、と言える。

それを捨ててまで、鼻で這ったり跳ねたりする進化は働くか?

例えば、先ほど紹介したナメクジハナアルキは、毎分10~12メートルと、ほ乳類とは思えない速度でしか移動できない。



▲『鼻行類』P67
 
トビハナアルキは、なんと後ろ向きに跳躍して移動する。後ろ向きで跳ねることは「必ず」と強調されており、例外はないのだろう。

ところが、イラストを見てもらえればわかるように、目は常識的な正面についている。これでメスやエサのヤドカリを狙うのは、不可能とは言わないまでも不便であろう。

仮に、トガリネズミに近い形態を残している同族と競合した場合、明確な強みを見いだせない。
 
この移動方法の利点を探すなら、捕食者を目視しつつ後退できることだが、トビハナアルキには明確な天敵が存在しない。
 
過去の時代にはいたのかもしれないが、発見された時点では、見当たらなかったようだ。


これらから考えてみるに、どうも、種族間の生存競争において、鼻での移動が有利になる要因が、考えられない。

ここで、鼻行類が鼻で歩くよう進化した理由の、自分なりの考えをのべたい。

それは、「ウイルス」である。

太古のある時点で、鼻に何らかの突然変異を持つ個体が発生したのはまちがいない。

その鼻は、種族間の闘争(エサや繁殖相手の奪い合い)においてはあまり役に立たなかっただろうが、もしかしたら、ある種のウイルスに対する抵抗性をも、同時に与えたのではないだろうか?
ようは、鼻の突然変異を起こす遺伝子が、同時にウイルスへの抗体をもたらし、最終的に突然変異をもたない個体はウイルスによって淘汰された、説だ。

この説は、エイズウイルスと「鎌状赤血球」の関係をヒントにしている。

鎌状赤血球を持つ人間は、酸素の運搬その他で不都合が生じて通常の生活には不利なのだが、マラリアに対して抵抗性がある、という見過ごせない利益がある。
 
利益の証拠として、アフリカのマラリアが流行している地域では、鎌状赤血球を持つ人間が一定の人数にまで増えている。
 
これと同じことが「鼻行類」の先祖にも起こり、それはたまたま鼻の突然変異という「おまけ」つきであり、最終的に多種多様な鼻行類が生まれた。

結論としては、進化論で、鼻行類の進化は説明できる。

しばしば見落とされるが、種族間の競争だけでなく、疫病のような外的要因も、進化論の範疇である。
 
それにしても、シロウトに考察させ、一筆書かせるぐらいには、『鼻行類』は魅力的ということができる。


●余談その2

自分が初めてこの本を見つけたのは、だいたい十年ぐらい前になる。

はさんであったレシートを見るに、2008年の12月31日に、ジュンク堂難波店(今はもうない)で、購入したようだ。

その後二回ほど読み、関東に引っ越すとき持っていく本に選んだぐらいには好きだった。

最近、ゆっくり解説動画で鼻行類が扱われていて、また読み直した次第だ。

●余談その3





この記事の最初に、『「いらすとや」にもイラストがあるほど有名』と書いた。さも世間一般で、認知度が高いかのようにふるまった。

むしろ、鼻行類があるいらすとやの方がおかしいのであって、これまで鼻行類を知らなかった人も、無知を気にする必要はない、と言っておく。




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