ある日ゴミ捨てに出ると、ゴミ捨て場のところにキジバトがうずくまっていた。
「こりゃ、いつもそこの電線に止まっている二羽のうちの一羽だな」
こんなことがわかるのは俺が変人なのではなく、ハトやカラスは、覚えようと思って見ればある程度個体が識別できる。
うずくまったまま動かず、よほど近づいても逃げない。
「・・・たぶん車だな」
ひっかき傷のような外傷がないので、ネコやカラスではない。
左翼が曲がっているようで、ちゃんと折りたたむことができない。
右側から近づいたとき、反応が極端に遅れるので、たぶん、こちらの目がほとんど見えていない。
「どうしようか、獣医さんに持っていくかな」
しかし、獣医さんはたいてい「犬や猫の医者」であって、鳥類の専門家ではない。
保健所に届けようかと思ったが、キジバトは農作物への害獣指定なので、たぶん手当は見込めない。
「このぐらいだったら、自分で面倒見るか」
そんなわけで、キジバトとの生活が始まったのだ。
●1日目
最初に考えたのが、「こいつは何を食べるんだ?」だった。
野生のキジバトが、植物食にちかい雑食であることは知識として知っていたが、ひとまずは我が家にある食べ物で満足してもらわねばならない。
とりあえず朝食として食べていたビスケットを与えたが、これは食べなかった。
炊いたコメも、くちばしをつけない。
たまたま、床にこぼれた水を飲んでいるのを見かけ、以降は水をまくようにしたのだが、残念なことに固形物はたべてくれない。
とにかく、彼女(メスであった)が自力で餌をとれなくなって何時間たっているかわからなかったので、栄養ドリンクをストローで吸い上げ、くちばしに垂らして飲ませる。
昼間は床を自由に歩かせ、冷え込む夜はダンボールに入れる。いっしょに湯たんぽ(お湯を入れたペットボトル)を置いて、保温に努めた。
「正念場があるとすれば、今夜だろうな」
●2日目
朝。ダンボールの箱を見ると無事に生きていた。
自力で羽ばたいて脱出したところを見るに、それなりに元気であるようだ。
しかし、エサを採らないのは相変わらずで、パンくず、コーン、シリアル(麦)、砕いたバタピーまで与えたが見向きしかしない。
「餌が用意できないなら、逃がすしかないが、飛べないこの様子では、外での採餌も厳しいだろう」
そんなことを考えながら用意する、昼飯。
米を研いでいたとき、ふと思いついた。
「白米なら食べるんじゃねえか?」
昨日、炊いた米をあげて、あえなく拒否された。
しかし、生米なら…
おおお、めっちゃ食べてる!
ドードリオのみだれづきみたいな勢いで、ついばんでる。
餌の問題が解決したので、無事、飼い続けることができた。
●3日目
保護の方針は、次のように決めていた。
飛べるようになったら逃がす
このキジバトは、保護されたときはほとんど動かず、次の日になっても本気度30%程度の俺に手づかみされるていたらくであった。
左の翼が曲がっているためだった。
動かせるので折れているわけではないようだが、元のように自由自在に大空、というわけにはいかないだろう。
あ、そうそう、一応、獣医には相談している。ちゃんと鳥の施術を行っているところだ。
だけど、はやりの新型コロナが怖いとのことで、野生動物は一切取り扱っていないとのこと。日本で野生の鳥類が感染した例はないはずだが、仕方ない。
(なお衛生対策として、家に入れたとき、キッチン用のアルコールスプレーをふりかけておいた。当然ながら、大変嫌がっていた)
あと、地方自治体の自然保護課にも連絡した。一応、連絡しなきゃいけないことになっているらしいので。
とても役所らしい丁寧でもってまわった言い方で、野生動物なので「林などにそっと置いて来るよう」指導された。
流石にこのまま放擲しても死あるのみだろう。
でもまあこっちにも世話に問題があって、米以外のエサがどうしてもわからない。
家にあるものを試行錯誤して試し、シーチキンまで与えたがダメだった。
乾燥したイチゴなら、食べないことはない、だったけど、イチゴ高くてあんまり買えない…
結局放鳥のその日まで、米オンリーの食生活だった。
●4日目以降
お気に入りの場所を見つけたようだった。
パイプハンガーの横の支柱の上だ。
服がまとまってかかっていているから、服と服の間に隠れることができるのだ。もしかしたら、ねぐらにしていた向かいの樹を、思い出していたのかもしれない。
定位置が定まったことは、自分にとっても利益があった。
このハトは野生動物の本能に従って、そのへんに爆撃をしやがるのだが、場所が決まったことで被害が軽減されたのだ。
防爆のために敷いたキッチンペーパーとダンボールの間にピンポイント爆撃されたときは、思わずジビエへの欲求が湧いたものだが、おかげで殺生をせずに済んだ。
このハトはある程度人馴れしていて、エサされあればかなり近くまで寄ってきた。
飛ぶことは難しく、自分の体長と同じ高さの段差に飛び乗れなかったが、走るのはネズミ並みに早くて、体力だけはあるようだった。
「不格好でもいいから、飛べるようになれば、逃がす時期だな」
●10日後
多少飛べるようになったので、バルコニーに放すことにした。
もしも十分に飛べるのなら、腰壁を乗り越えて出ていくはずだ。
二日後の朝、風の強い日、いなくなった。
どこからか、たぶんつがい相手と思われるオスの鳴き声が聞こえていた。
このあと、保護していたキジバトを見かけていない。
野生動物との別れは、ずいぶんあっさりしたものだった。
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