2020年3月9日月曜日

思い出:ボロ家に来る人々



前に住んでいた家は、その地域で一番に古かった。

昭和43年生まれ。木造で土壁のたたみ敷き。風呂はなく、トイレは共同で、一言で言えばボロかった。

その家を選んだ理由はただ一つ。保証人がいらず、すぐ入居できるのがそこだけだったからだ。

利点はあった。一つは、家賃が安かったこと。独り身の貧乏なフリーターにとって、家賃1万6千円は魅力であった。

もう一つは、知人がアクセスしやすい場所にあって、たずねてくることだった。

今回は、たずねてきた人々の話。



●究極のコンビニ


彼はかつて、ある集団に所属していて、今は一人ぼっちの身分だった。

さほど親しくなく、ついに下の名前も知らないで終わった人だったが、ひょっこりと、家にくる機会があった。

彼は「究極のコンビニ」についてひたすら語った。

究極のコンビニとは、乱立しているコンビニ各社の、いいところどりをした、理想的なコンビニのことだ。

たとえば、おにぎりはローソン、パスタはセブンイレブン、弁当はファミリーマートの商品を置く、と言った具合にだ。

実際はもっと細かく、おにぎりなら、梅干はローソン、しゃけはセブンイレブン、おかかはファミリーマート――、と、可能な限り細分化されていた。

その空想上の店作りは無性に楽しく、創造力は羽ばたいた。実際に近くのコンビニ(ちょうど徒歩圏内に、ローソン、セブイレ、ファミマがあった)で商品を買って品評をした。新たな発見もあった。

ただ困ったことに、彼とはほとんど意見の一致を見なかった。

即決で決まったのは「スイーツはミニストップ」だけであり、あとはことごとく違った。

俺が「おにぎりはローソン」と言うと、彼は「ローソン以外」と言う。

「パスタは原則セブイレ、ただし明太子スパはファミマ」と推薦すると、彼は「明太子はセブイレ。他は各社から選抜」と主張した。



俺「パンは、デイリーヤマザキでいいか?」

彼「ヤマザキは定番以外はまずい。セブイレがいいだろう。ただ、ウィンナーをはさんだヤツはローソンだ」



俺「ラーメンは甲乙つけがたいな。ここは固定にせず、各社各月で入れ替わりでいいか」

彼「ラーメンは値段のわりにおいしくない。みんなカップ麺にすればいい。それも、有名メーカーだけ取り扱う」



俺「お菓子はどうしようか? これこそ、メーカー品でいいな」

彼「お菓子こそは、(各コンビニの)ブランドを競わせるところだ。むしろ、メーカー品は排除だ」

俺(各社のブランドは、だいたい有名メーカーが作ってるんだよな・・・)



コンビニを論ずるには、彼はちょっと世情に疎いところがあった。

それに、「日本にあるすべてのコンビニから平等に商品を取り入れなければならない」という観念にとらわれていた。

俺「『ポプラ』なんて、俺、自衛隊の大津駐屯地でしか見たことねえよ」



彼との会話の最後は、ドーナツだった。

彼「コンビニドーナツだがね・・・」

俺「あれはドーナツじゃない。まずいとは言わないが、アレを入れるぐらいなら、ミスドを特例で入れた方がいい」



彼は非常に不機嫌になる。彼は、セブイレのコンビニドーナツが好きだったのだ。

俺「食べ比べよう」

夜通し話をしたあとの早朝。近くのセブンイレブンでオールドファッションとあと一つ(何を買ったか忘れた)を手に入れた。そのまま隣の隣にあるミスドで同じ種類のドーナツを注文する。

店内で食べ比べた。



俺「コンビニ、オールドファッションは結構がんばってるよな」

彼「はあ? オールドファッションこそがまずいんだろうが」



ほとんどの意見の一致を見ないまま、彼は、近くの駅から帰っていった。

正確には、新しく引っ越した家に向かった(引っ越しで新居に移動中に、俺の家に寄ったのだった)。

彼はその後、ますます遠いところへ行き、連絡も絶えた。




●四本の指


その日は夜に、近くの駅まで迎えに行った。電話で呼び出されたのだ。

「○○○○やった」

改札で開口一番に話しかけられた言葉は、聞き取れなかった。

「なんて?」
「ふりかぶったパンチやった。電話かけるんかワレって――」

ああ、ケンカしたのか、と理解した。

とりあえず家に誘う。道中のスーパーに寄ってアルコールを買った。

彼はスーパーで買ったのに、改めて途中の自販機で同じビールを買い求めた。――スーパーより少し高かった。

自販機の明かりの下で、彼の両方の小指が赤くはれ上がっているのに気がついた。

「手当ては自分でする。バンテージみたいなものやし」

家で、缶ビールで乾杯した。

彼は半端に曲がって動かなくなった小指をたてたままの、四本指で缶を持っていた。

結局、包帯をさしだしても手当てはしなかった。



「なにしたの?」とたずねた。

「二人やった。一対一やったら手加減してやったけど、二人で来るんなら最初の一人目は殺すぞって警告したんやけどな――」

駅で会った段階で、彼は酔っていた。


「なあ、どのぐらい、どの罪やと思う? 執行猶予つくと思う?」

「昔、プロボクサーが一般人とケンカして、重めの罪でしょっぴかれたって聞いたことがある」

「俺ボクサーちゃうわ」

「でも、(戦いの)素人とは言えないからなあ」



「着火した」という比喩がその場で思いつくぐらい、彼は表情を変えた。

肌がふるふるとひきつり、殺意、と言っていいものが向けられた。

口が半開きになり、言いたいことが言えない顔になって、言葉より手が出ると確信した。

嘘でもいいから、安心させる言葉をかけて欲しかったのだと、気がついた。

彼は立ちあがった。

こちらとて、彼がなぜ強いかがきちんと理解できる程度の男ではある。

だから、先の哀れな二人のように簡単に負けないとはわかっていた。

だが本気で戦ったら敵わないことも重々承知していた。

私は座ったままをつらぬいた。

危惧したのは、すぐ近くに鞘に入ったナイフがあったことだ。

酔って包丁を持ち出す母親への、小さいころからの対応策で、枕元にナイフを置いて寝る習慣があったのだが、それが転がっていたのだ。

自分は使う気は毛頭ない。しかし、彼が奪って使ってくるかもしれない。



「電話かけるみたいなパンチだったのか?」

一世一代の、話題そらしだった。

「そうや!」彼はのった。「ストレートでもフックでもない、腕を横に振るお遊戯や! あんまりにしょぼかったから、わざと一発もらったったわ!」



そこから40分ほど、格闘技についてしゃべった。



「迷惑かけてるから帰るわ」急に立ち上がった。

「始発まで待ったら?」

本当はもうお引取り願いたかったが、そう聞いてしまった。

「そうなら、もうちといるわ」座りなおした。

その直後に立ち上がって、「じゃあな」とドアをあけた。

四本の指で、つまむようにノブをひねったのを、今でも覚えている。

「犯罪者を手当てしようと思ったらアカンで。あんたも犯罪者になってしまう」

その後、彼とは会っていない。




●父親


父親とは、愛人を作って出て行ってから疎遠になっていたのだが、彼の方から歩み寄りを見せていた。

当時既に携帯の電話の番号も教えないほどの関係になっていたが、残念なことに彼はこちらのボロ家を知っていた。

しばしばたずねてきて、こちらが不在のときはメモを残していった。

すでにメモの内容は記憶にないが、ドアノブに食料がスーパーの袋ごとくくりつけてあったのを覚えている。

不在じゃない時は彼に付き合い、愛人を交えて食事をした。焼肉や、回転寿司だった。

一番印象深かったのは、ハンバーグを売りにしているファミレスの駐車場での出来事だった。

愛人との間に設けた二人目の娘とひきあわされ、むりやり抱かされた。愛着を持つことを期待したのだろう。

私は既に、彼が愛人との子を認知させたがっていること、母親と離婚する手助けをしてもらいたがっていること、そしてその母親の、世話をやらせようと思っていることを見抜いていた。

これらは直裁に言って、こちらに利益のないことであった、そればかりか、犠牲も強いられる内容だった。



「一人暮らしは、もう満足したのじゃないか?」と彼は言った。

「早く大人になれ」とも言ってきた。



ある日、また彼がたずねてきた。

たまたま近くに住む知り合いが先に家に来ていて、後から来た彼は少々居心地が悪そうな感じを出した。

お互いの自己紹介をしたら、会話が続かなくなる。

しかし彼は、思いつきを発揮した。気を取り直し、知り合いに共感を求めるセリフをはいた。

「こいつ、俺に携帯の番号教えないんやで」

すでに、こちらの家庭事情をあらかた聞いていた知り合いは「そうだと思います」と答えた。

彼は、少しの間、固まった表情をした。

※ ※ ※
いつかの食事の機会に、彼に言ったことがある。

「(あんたは酒を飲んで暴れる母親が嫌で家を出たのに)、その母親の世話をさせようと思うのはおかしい」

※ ※ ※
その日、彼は、知り合いともども、ラーメンをおごってくれた。まずくもおいしくもなかった。

破綻した家族の中でラーメンをすする知り合いはつわものと言えたし、今でもやり取りのある数少ない人である。



肝心の父親のほうは、こちらがボロ家を引き払ったのをきっかけに完全に交流が途絶えた。

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