原作漫画準拠の考察。あたりまえながら、ネタバレがあります。
象徴的な終わり方から、死亡エンドと生存エンド、どちらも考察されている『少女終末旅行』。
死が正しいとすると事実上の野垂れ死になため、鬱エンドまっしぐらになる。はたまた生存ルート説だと、突拍子なく「ワープした」とか言われたりしている。
ここは現実的に、死亡もワープもせず、チトとユーリが最上層から引きかえしたと想定して、実際にそれが可能だったかを考察したい。
ちなみに、最終局面(漫画6巻45話~47話)でのチトとユーリの状況は、以下のようになっている。
・最後の食料に手をつけ、水もわずかな状態。
・最上部に食べものはなく、ただ雪が降り積もっている
・二人は最後の人類らしく、救援は望めない
・それまで二人を運んだケッテンクラート(バイクにキャタピラをつけたような乗り物)は修理不能なまで壊れており、下の階層に放置されている。
食料がある下層階に戻るにあたって、立ちはだかる問題は以下の二点だろう。
・距離
・食料
●距離――そもそもどのぐらいの高さにいるのか?
『少女終末旅行』は、二人の少女が、文明が崩壊した世界の多層構造都市の最上部を目指す物語だ。
最終的にその目的は達成されるのだが、いったい最上部はどのぐらいの高さにあるのだろうか? 食料は下の層にあるので、チトとユーリが生きのびるには下を目指す必要がある。
実は、最上部の高さを推測できる描写が作中にある。
『少女終末旅行』6巻のP136~P137にかけて、最上部から日の出を見たコマがあるのだが、そこに雲が描かれているのだ。
雲にはそれぞれ種類があって、発生するだいたいの高度が決まっている。例えば「うろこ雲」は高度10000メートルぐらいに発生する。
漫画なのでデフォルメされているが、日の出より高い位置に描かれている雲を「高積雲」、チトとユーリが座って見下ろしている雲を「層雲」と判断した。
「高積雲」の発生高度は2000~7000メートル。「層雲」は高度2000メートル以下に発生し、高い山に登った時に雲海として見える雲だ。
▲雲海の例。雲取山頂上(海抜2017メートル)にて撮影。
そのため、チトとユーリが到達した都市最上部の高さは、海抜2000~7000メートルと判断できる。ただ、5000メートル以上となると、チトとユーリの装備ではそもそも到達できないと思われるため(寒くて酸素がうすくて風が強い)、高度は2000~5000メートルの間だろう。
ここでは仮に、富士山と同じ3776メートルと仮定する。
この高さなら、普通に下界へと下れそうだが・・・
●食糧事情
チトとユーリは、最上部に到達した時点で手持ちのほとんどの食料を消費していた。唯一あったのは爆薬と勘違いして持っていた携帯食料で、これにも手をつけた。
つまり、ほぼ食料のない状態での帰途となる。
作中にて、食料の調達ができそうなのは、第4巻30~32話に出てくる放棄された原子力潜水艦だ。内部に缶詰やレーションが残っていると思われる。
この潜水艦が都市のどの部分で擱座(かくざ)しているかは不明だが、おそらく海の乗り物ゆえ、海抜0メートルに近い地点だろう。(潜水艦の下にも都市の階層が広がっている事実は疑問点として残ってしまうが・・・)
3776メートルの下り+潜水艦までの徒歩
これが、チトとユーリが無補給で行なう必要がある道程だ。果たして可能だろうか?
●最上部から潜水艦までの距離はどのぐらい?
漫画を読み直して数えてみたが、二人は潜水艦から最上部到達まで、最低14回野営している。
・潜水艦からケッテンクラート故障までの野営回数:6回
・ケッテンクラート修理のための野営:1回(1回以上しているかもしれないが、移動していないので1回と考える)
・ケッテンクラートを放棄し、徒歩での移動に切り替えた後の野営回数:7回
つまり、最上部から潜水艦まで、ケッテンクラートで6日、徒歩で7日かかる場所にあると仮定できる。
ケッテンクラートは、カタログ上は時速70キロ出るが、ガレキが散乱する曲がりくねった都市でこの速度を出したとは考えにくい(作中でも高速で移動している様子はない)。
時速10キロで、1日5時間移動したと仮定すると、1日当たりの移動距離は50キロ。6日で300キロ走破している計算になる。だいたい富士山から岐阜県の関ヶ原までの距離だ。
ケッテンクラート放棄後の徒歩は、漫画を見る限りではほぼ登り道だったようだ。
ところで、世の中には、海抜0メートルから富士山を目指すというなかなかハードな企画がある。具体的に言うと、駿河湾の海岸から頂上を目指す合計42キロのルートだ。これが、だいたい3泊4日かかる。
仮に、現代の多種多様な食料が手に入らないうえ、本や小銃といった荷物を持っていたチトとユーリがこれを行なったら、倍の6泊7日になっていたのではないだろうか?
なので、ケッテンクラート放棄場所から最上部までの難易度を、この海抜0メートルからの富士登山と同程度の難易度と考えたい。
長々と書いたが、まとめるとこういう感じだ。
チトとユーリは果たして、富士山山頂から駿河湾まで降りた後、さらに関ヶ原までの徒歩を、食料なしで成し遂げられるか?
普通に考えると、無理といって差し支えない。
●実は食料が残されている?
だが、光明はある。
一つは、放棄されたケッテンクラートに、食料が残されているのではないか? という点だ。
5巻3ページにおいて、黒いフネ(潜水艦)から、大量の食料をケッテンクラートに積み込んであるコマがある。
また、6巻84ページにて、ケッテンクラートから「持てるものだけ持っていこう」と、いくつかの荷物を置いていっている描写がある。
▲『少女終末旅行』に出てくる「SAKANA缶」に似た缶詰。だいたい1個200gぐらい。複数個を持ち歩くのはしんどい
つまり、ケッテンクラートに、缶詰のような重くてかさばる食料が残されている可能性があるのだ。
となると、潜水艦までわざわざいかず、最上部からケッテンクラートまで戻る旅程(42キロ)だけ考えればよいことになる。
果たしてチトとユーリは、富士山頂から駿河湾の海岸に置いてあるサヴァ缶まで、メシ抜きで行くことができるだろうか?
●戻るのに必要なカロリーの計算
試しに、置いていかれたケッテンクラートに戻るのに、一人当たりどのぐらいエネルギー(カロリー)が必要なのか試算してみた。
利用したのは登山での消費カロリーを計算するサイトだが、まったく的外れな値は出ないだろう。
結論:消費カロリー4492kcal
※試算の条件
登山(下り)
年齢:20歳
性別:女
身長:140センチ
体重:36キロ
運動時間:1440分
年齢を20歳としたのは、作中でチトもユーリも喫煙と飲酒をしていたからである(もっとも「お酒とたばこは二十歳から」な日本国法が生きている世界ではないだろうが)。
身長は、ユーリが持っている三八式歩兵銃(全長1276ミリ)と比較し、きりのいい140センチとした。身長140センチの人の、現代日本での標準体重は【(140-100)×0.9=36】で36キロとなるので、この値をそのまま当てはめた。
運動時間1440分は、1日8時間(すなわち480分)の歩行を3日間行なうと仮定したためだ。
作中にてチトとユーリは、壊れたケッテンクラートから最上層に到達するまで少なくとも7回野営している。下りは登りよりもずっとラクなので、半分の3日間で済むと想定した(補注)。
※補注
登りのときより荷物が少ないこと(ほぼ空身だろう)から、3日としている。
この4492kcalに、人間が新陳代謝で消費する1200kcal×3日分の3600kcalを足した、8092kcalが、ケッテンクラートにたどり着くまでに消費する一人当たりのカロリーとなる。
残念ながら、途中で空腹でへたり込む可能性が高い、と言える。
エネルギーがなければ、人間は動けない。まったくものを食べないのは、体内で栄養の生成自体がむずかしくなる。
チトとユーリが特別太っているのなら、なんとかなったかもしれない。しかし、二人は小柄な体形だ。
まわりに雪や氷があるので、水の補給がどうにかなるのが幸いだが、食料皆無でこの距離を歩くのは厳しい。
●実は残されていた最後の食料
なんとかならないかと、読み直していた第6巻。
残された食料を見つけた。
▲第6巻P140。赤丸はブログ主の手による。レーションはひと箱5本入りのようだ
最後のレーションを分け合うシーンなのだが、実は一本食べていないのだ。
もちろんこのあとすぐに食べてしまった可能性もあるのだが、わざわざ残っている様子を描写しているところを見ると、食べずにとっておいたのだろう。
食料が少しでも残っていれば、生きて戻れる可能性が上がる。
気になるのはレーションのカロリーだが、太さと形状から、大塚製薬の「カロリーメイト」を大きくしたものと同じだと考えた。
手の大きさと比較して、レーションはカロリーメイト16本分の大きさ(4箱分)と判断した。一本当たり1600kcalということになる。
二人が最後のレーションの封を切り、4本を分け合って食べる。この時点で、1600×4÷2で、一人当たり3200kcal摂取できる。
少し寝て(ここで原作は終わっている)、起きた直後に降りるのを開始。途中で残った最後の一本を少しずつ食べれば、ケッテンクラートまで、戻れる可能性が高い。
・ケッテンクラートに食料がある
・最後のレーションが少し余っている(そしてそのレーションが高カロリーである)
の前提が必要なものの、二人は、意外に生き残れる。
●『少女週末旅行』の個人的な感想
自分の中には、「読みたいものリスト」というものがある。
リストには4段階あって、
「気にかけるもの」→「機会があれば読むもの」→「今読んでいるものが終わったら読むもの」→「すぐに読み始めるもの」
の優先順になっている。
『少女終末旅行』は、最初は「機会があれば読むもの」レベルだった。ミリオタ的にはケッテンクラートは気になる要素だったが、それ以上のものではなかった。
ところが信頼できる知り合いから勧められたため、まず1巻だけ購入した。読み終えたあと、「すごい作品」だとわかったので、「すぐに読み始めるもの」に仕分けされた。
感想を言うなら「ゆるやかな絶望を描く、時代にあった作品」と言える。
登場人物はいずれも、悲哀にくれていたり不幸を嘆いているわけではない。それでも彼女ら彼らは、悲哀を背負い、そして不幸だ。
これは、致命的に不幸ではないものの、バラ色の未来は決してこない現代を、正しく漫画的に示していると思う。
実は、ここまで長々とチトとユーリが最上部から生還可能であることを書いたが、この先何年も生きていくのは困難と言わざるを得ない。
あの環境で、徒歩で食料を確保し続けるのは難しいからだ。
※ ※ ※
この漫画のタイトルは、『少女終末旅行』だ。
「終末」と書かれている限り、その終わりは悲劇であり、無理にハッピーエンドを求めるべきではないだろう。
★どうでもいい余談
●漫画を見てケッテンクラートが欲しくなった
プラモではなく、実車が欲しくなった。日本でもめんどくさい手続きをふめば運転することは可能らしい。肝心の実車の入手が難しいが。
●死を招く雪合戦
最上部についたとき、雪合戦をしたのはまずかった。
チトをなぐさめるため、また、物語の演出上としても、あそこでの雪合戦は必要なイベントなのはわかるが、生存のためには、体力を消費する行為は厳につつしんで欲しいものだ。
●チト&ユーリ
将来、こんな名前の漫才コンビが生まれそう。もちろんユーリがボケでチトがツッコミだ。それでたまにチトが天然ボケをかます。
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