夜。
ストレージコーナーでカードを漁っていたら、二人組の男に声をかけられた。
次の週末にカードゲームをしようと言ってくる。
・夜、誰もいない売り場で声をかけてきた
・こちらの経歴を詳しく聞いてくる
・二人の男は年齢が離れており、普通は接点がなさそう
から、たぶん宗教の勧誘だろうなと思ったけど、おもしろそうだから会う約束をした。
そして、次の週末。
彼らはそろって、少し遅れてやってくる。
待ち合わせた店で、申し訳程度にカードを見る。
二人とも、それほどカードに詳しそうではなかった。
一人は興味なさげにデュエマの構築済みデッキを手に取り、もう一人は無知ではなかったが、プレイヤーというより転売ヤーであった。
男「今度、発売するポケカのパック、期待できそうですよね」
俺「うん、そうだね」
レジの前の吊るしの売り場を漁る。
男「(ポケカ)のムゲンゾーンは置いてないみたいですね」
俺「中古屋だからね」
男「クロバットって、高値で売れるんですよ、ほら」
携帯電話のクロバットの値段を見せてくれる。
俺(俺なら、クロバットが当たったら自分のデッキに編入するな・・・)
俺「ショップでプレイはしないのか?」
男「大型イベント――抽選が必要なやつ――とかは行ってみたいとは思うんですけどね」
俺「それで、どうします」
男「食事にしましょう」
近くのファミレスで食事をするため、移動する。
男「お酒は飲まないんでしたよね?」
俺「誘われない限りは飲まないね」
初日に会って食事をする約束をした時、アルコールはなくてもよいと言っていたのだ。
男「良かったです、おれ、まったくお酒が飲めないんで」
まったく、ね・・・
男「タバコもやらないんですか?」
俺「やらないよ」
男「めずらしいですね。建築系の人は吸うと思ってたのに」
確かに多い。喫煙スペースのない建設現場は、ないと言ってもいい。
俺「俺は吸わないですね。覚えないようにしてました。
タバコ買うぐらいなら、カード買ったほうがいいですしね!」
おや、なんでそんな妙な顔をするのかな? カードプレイヤーなら当然だろう?
歩いて数分のファミレスにつく。ちなみにガストだ。
奥の方の席につく。
俺が壁際のソファに座り、相手二人は通路側の椅子に座る。
男のうち一人は20代前半。小柄のやせ型。
いくつかの職を転々としているが、新卒者のような顔つきをとどめている。コンビニのレジや、イベント会場の係員にいそうな感じだ。好青年といった印象も受けるかもしれない。彼が転売ヤーの方である。
もう一人のは、俺と同い年。30代前半で、中肉中背。
今のところ年相応の顔つきだが、このまま年を取るととっつぁん坊やと言われるようになるかもしれない。
建設現場や、工場の作業員にいそうな感じで、事実、そのような職を転々としている。彼の方が先に、売り場で俺に声をかけてきた。
20代を男A、30代を男Bとする。
俺が鮭といくらのパスタ、男Aがドリアを、男Bがフライドポテトを注文した。ずいぶん少食である。
あるいは、もう食事を済ませてきていたのか。
最初の1時間ほどの話は、とりとめのない世間話であった。
男Aは俺の境遇について聞きたがり、出身地や関東に来た理由、現在の職業や前職、大学では何を学んでいたかが話題にあがる。
男A「じゃあ、故郷には当分帰らない感じですか」
俺「しばらくは帰らないつもりだな」
それは、大事な質問なのかね?
さらに一時間たつ。
こちらが情報を小出しにして話がふくらまないこともあって、男Aの身の上話ばかりとなる。
いわく、片親であること。
小中高とずっと地元ですごし、他の地方には住んだことがないこと。
高校時代は、スポーツ系のクラブに所属していたこと。
卒業後は、いくつかの職を転々とし、現在は記者をやっていること。
記者という身分は、高校のころからあこがれていたもので、100社近く応募して、ようやく入ることができた会社であること。
男A「その会社、最初は二人しか採用するつもりがなかったそうなんですけど、急遽辞める人が出て、それで自分が採用されたんです」
男A「試験とかは、まあぜんぜんできなくて、最近読んだ本の名前を5冊上げろとか言われて、適当に電車のつり広告の本を書いて、それで後で調べたら3冊は書名が間違っていて――」
男A「それで、面接は、とにかく自分の全てをぶつけたんですよ。それでも一か月以上連絡がなくて、ああ、こりゃ落ちたなって思っていた時、連絡があって――」
ちなみに、なんという会社の記者をやっているのか聞き出そうとしたが、「言えない」ときっぱりと断られてしまった。
俺(・・・宗教系の新聞かな)
自分のことになると、やはり語りやすいらしく、男Aはどんどん饒舌に、早口になっていく。
男Bのほうは、ほとんどしゃべらず、30分に一度ほどの間隔で口を開くだけだった(男Aに調子を合わせる、あたりさわりのない発言だったため、何と言っていたか覚えていない)。
レストランに入って二時間以上たつ。
「いつカードゲームするんだろう」と、さすがに考え始めた。
男A「やっぱり、時の運なんですよね、人生って。親ガチャ(子は親を選べない的な意味)もそうですし・・・」
男A「人一人の生涯の収入が、2億円らしいですけど、やっぱり、人生に必要な秘法みたいなものが、それをぜんぶ払ってでも、獲得したいと思いませんか?」
俺「そうだね、一億は出す価値はあるだろうね」
男A「それで、○○(俺の名)さんは、将来の夢とか、目標とかってありますか?」
俺は、今の自分の身分について触れてから、あたりさわりのない人生の目標について言う。
あまり親しくない人間への世間話用に、あらかじめ用意しているものだ。
男A「さて、○○さんに夢を語ってもらったところで――
その夢をかなえるには、どうしたらいいと思いますか? 人生において何が必要だと思いますか?」
俺「うーん、ネガティブにならないことかな」
なぜこう答えたかと言うと、さっきA氏が言っていた
「人の悪口を言うやつは伸びない」
という、高校時代の部活のコーチに言われた言葉を、踏襲したからだ。
「違います」彼は言い切った。
「それは、仏法です」
来たか。
男A「○○さんは、日本に仏陀が一度だけ降臨したことがあるんですけど、誰だかご存じですか?」
質問の意図が、いまいちつかめないな。
俺「お釈迦さまじゃなくて?」
男A「釈迦は釈迦牟尼(しゃかむに)であって、インドの人です。
日本の降臨したのは、日蓮上人(にちれんしょうにん)ただ一人です」
ああ、君は日蓮を奉るタイプか。
男A「どうですか?」
うーん、どうですか、と言われてもね。
俺「あなたたち、カードゲーム、さして好きじゃないですよね?」
これだけは確認しておくか。
男A「ええ、そうですよ」
この時の彼らの開き直った表情ときたら、宗教のやり口の見本として、SNSその他にさらしたいと思ったほどだ。
男A「仏法によって、自分の風向きが良くなったんですよ」
ギラギラした目で、矢継ぎ早に彼は語る。
男A「偏見を抱かないでほしいんですよ」
男A「あなただって、家に仏壇があって、それに頭を下げたことはあるでしょう」
俺「家にはなかったな。田舎にはあったけど」
男A「それで、それと同じ感じで、今から施設に行ってお祈りみたいなことをしてほしいんですけど・・・」
これは断っておく。
男A「このすぐ近くですよ。時間はあんまりかからないです」
あなた方と会うために、すでに今日という日の半分は使っているのだが。
俺は、施設がどのあたりにあるのか、また、なんという団体名かを聞こうと思ったけど、どうもちゃんとした答えが返ってこない。
男A「偏見を抱かないでほしいんですよ」
もう一度繰り返した。これは、彼の本心のようだった。
偏見は別に抱いていない。――そもそも判断を下すほどの材料を、彼はくれない。
男A「映像があるんですよ」
彼は小声で指示を出し、男Bがあわてて、スマホを取り出す。
俺は、年上である男Bのほうがメンター(指導者)役だと思っていたのだが、どうもAの方が先輩らしい。
新人のBに、どうやって布教するかを、見せに来ているのだろう。
さて、スマホに映し出された(10分で終わると男Aは言ったが、シークバーは2時間近くあった)映像を見る。
それは、新興宗教のお決まりの集会であった。
女性が、入信した寝たきりの父がいかにして杖をつきつつも歩けるようになったかを語り、そして隣人のMさんも入信させることに成功したことを、誇らしげに示す。
それから、父の住む地域の悪口を言い、父が最後は穏やかに死んでいったことを告げた。
奇跡を提示し、社会に不満のある、典型的な新興宗教であった。
きっかり10分で、丁重にスマホを返した。
男A「これが嘘だと思いますか?」
彼は必死にたずねてくる。
意外と思われるかもしれないが、私は別にウソだとは思っていない。
気の毒な老人が歩けるようになった。これはありうる話だ。
介護の原則に、「動けるなら少しでも動いてもらったほうがいい」がある。
彼がこれまで、絶対安静を強いるまちがった介護を受けてしまい、筋肉が退化して寝たきりの状態だったのなら、宗教の集会に参加するために動く機会を得て筋力が回復するのは、ありえない話ではない。
もちろんこの場合、仏門でなくともキリスト教でもダゴン秘密教団でも同じ改善が見られただろうが。
俺「ありえない話ではないと思いますよ」
彼はこちらの反応が薄いことを見て、なおも必死になる。
男A「何か(施設に行けないことに)不安なことがあるんですか?
それだったら言ってください。論破しますから」
いや、論破って、俺は禅問答をしに来たんじゃねえぞ。
俺「俺はね、カードゲームしに来たんですよ」
俺が今日この場に来た理由の一つは、二人も男がいるならどっちかカードゲームするだろう、と踏んでいたからだ。
宗教の勧誘がメインだから、申し訳程度にしかやらないだろうが、それでも結構期待していたのだ。
結果として、彼らはこちらを騙すことになってしまっているのだから、それの弁明は欲しいところだ。
俺「実はね、今日宗教勧誘されるんだろうなって、予想してここに来たんですよ」
そろそろ話を切りあげようと、そうカミングアウトした。
相手二人はキョトンとしていた。やがて男Aが口を開く。
男A「じゃあ、望みが叶ったじゃないですか」
いや、そうじゃないでしょうが。
俺「実はこういう経験、3回目なんですよね。今日は帰らせてもらいますよ」
机の上に自分の分の代金を置き、立ち上がる。
かっこよく立ち去りたかったが、初めての店ゆえ出口がわからず、ガラス窓に阻まれた行き止まりに突き当たってしまう、クソ。
外に出ると、男Bが追いかけてきた。
男B「さっき言ってた、勧誘って、何という人が代表の団体ですか?」
それを、先輩に聞いてこいって言われたのかな?
俺「蓮如上人をまつっている団体ですよ」
男Bは、ピンと来ていない感じだった。
入信者を増やすつもりがあるのなら、絶対にその団体から、信者を奪わなければならないはずだが…
男B「自分たちがやっていること、偏見だと思いますか?」
日本語としてはおかしいが、意味は通じた。
それにこの質問は、この同い年の、本心からの質問だとわかった。
俺「チベットにマニ車というものがあります」
男B「?」
俺「中に経典が入っていて、くるくる回すとご利益があるというものです」
大阪の民博の、見学ルートの最後の方にあるやつだ。
俺「回している本人たちには、大変な功徳があるのでしょうが、ヨーロッパとかから来た観光客には、異国の奇妙な習慣にしか映らない。
それと同じことです」
これは正確なたとえじゃないし、自分の本心ではないものの、まあ、伝わったと思う。
男Bは、こちらについて来るのをやめた。
少し歩いてから振り返ると、先輩の元に帰って行く後ろ姿が見えた。
彼は、長続きしないだろう。
これまで職を転々としたように、何か一つのことに集中することができないからだ。
しかし、男Aのほうは、長続きしそうだ。
5年、あるいは10年と奉仕して、精神をすり減らしたあげく、ある日はたと気づくのだろうか。
それを思うと、まだ見ぬ未来に同情した。
※ ※ ※
声をかけられたのは、エンターキング千葉中央店。
平日の20時すぎのことである。
宗教が苦手な人、論破されそうな人は、お気をつけて。
新興宗教の9割は日蓮って、
返信削除何処かの漫画で知った気がする。
ソースが10年か、20年か前だったので宛にはしづらいが、
そんな気がした。
韓国か、白人、親子ずれならキリスト系かな、
しかし、高級天然素材系を含めて勧誘された事はないは。
仕事の帰り道で、
風俗店の激しいキャッチにあったことしかないは、
夏の熱い夜、チャラいお兄ちゃんに、
キンキンに冷えてるオッパイどうですか
はめいげんだと思った。
俺は、蓮如と日蓮が半々かな、声かけられたの。
返信削除キリスト系の「声掛け事案」は、ものみの塔が多くて、一回だけ家にモルモン教徒が来た。
ところで、キンキンに冷えてるおっぱいって、仮に冷えてなかったら「冷えてないからタダにしろ」って言えるのかね?