グンマーには近年になるまで、これといった観光施設がなかった。
なるほど、領土の大半が急峻な山岳地帯では、山と温泉以外に観光地がないのは道理である。
利用できる土地に限りがあるのなら、農業、工業に、面積を割くべきだからだ。
ところが最近。時の流れが立つことで古さを増し、晴れて、「世界遺産」にまで上りつめた工場がある。
日本史の教科書で、誰もが一度は学ぶその施設は――
富岡製糸場、である。
今回は、富岡製糸場を見聞した記録である。
12時ちょうど。地元のガイドの案内に従って、見学を開始する。
ガイドは聞き取りやすい標準語で、この工場の成り立ち、製糸工場と紡績工場に違い(絹糸を扱うのとそれ以外を扱うの違い)、を説明する。
それから、建物をめぐり、施設の一つ一つの解説に移る。これには大変助かった。
現役で稼働しているわけではなく、建物が残るにすぎないので、解説はイメージをつかむ助けになった。
富岡製糸場は、明治5年に建てられた官営工場である。
工場は、中央に柱のないトラス構造をしている。西洋の最新の技術を用いて作られ、面積においても世界有数であった。
敷地は、大きな建物が「コ」の字型に作られ、付属の施設が建っている構成である。
東西にある置繭所(カイコのまゆを保管するための倉庫)と――
それをつなぐように繰糸所(製糸工場)があり、それぞれ長さ104メートル、104メートル、140メートルである
繰糸所内部も見学可能で、操業停止直前まで使われていた自動繰糸機が残されている。
ちなみに、「やっちゃえニッサン」で有名な日産製である。
ガイドの案内は続く。
▲商品の検査をした建物
▲場内の診療所跡
▲お雇い外国人の館跡
▲変電所 のちの時代に設置された
ガイドの案内がすむと、残りの部分を見て回る。
東置繭所内部には、この工場の歴史などが紹介されている。
設立から、工場の「見本」としての役割を果たした黎明期。
民間に払い下げられ、日本の生糸産業の一翼をになった黄金期。
そして、操業停止から世界遺産登録までの、持ち主、地元の努力。
近代的な設備だけでなく、伝統的な糸繰りの紹介も欠かさない。
画像は手作業で巻き取った生糸を大きく巻き返すための道具となる。
大きく巻き取ることの利点は、乾燥した時糸同士がくっつくのを防ぐ、また、乾燥もさせやすい。
▲当時の注意看板も残されている。
復元された蒸気エンジン。
かつては、工場の動力を一手に担っていた。土日には、展示運転がなされるようだ。
桑畑。時期が悪いので、丸坊主になっている。
明治から昭和にかけて、100年以上稼働した工場であるがゆえ、昭和期の建物も見られる。
画像はその時期に作られた社宅で、現在は展示室と体験コーナーになっている。
すくすく育つカイコ(虫が苦手な御仁のため、あえて光でぼかしてある)。
ヒーターに電気毛布と、俺よりも恵まれた生活を送っている。現地の人のお蚕を大切にする気概が伝わってくるようだ。
伝統的な生糸取り「座繰り」に挑戦する俺氏。
右手で、お湯に浮いたカイコのまゆを回して糸が絡まないようにしつつ、左手で糸繰り機を回す。意外に腕が疲れるぞ。
なかなか楽しめる本施設であるが、惜しむらくは「工事中」の場所が多いことだろうか。
最大の建物の一つである「西置繭所」は修復中で、工員が暮らした寄宿舎、心臓部たる蒸気窯も立ち入り禁止だ。
どうも、100年前の建物ゆえいろいろガタがきており、大人数の見学に耐えられないようだ。
また、現代建築と違って、いちいち「発掘調査」をするのも、工事が進まない理由に違いない。
つい最近(平成27年)にも、社宅の地下から用途不明のレンガ造りの施設が見つかったそうだ。
西置繭所については、2020年に公開予定なので、今から訪れようと考えている人は、それを見計らってきた方がいいだろう。
富岡製糸場に隣接して商店街があるが、やや寂しい雰囲気がある。
シャトルバスを運行するなどして活性化をはかるなどの対策が、必要だろう。
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