2017年10月8日日曜日

ヒーターを求めて600キロ 前編




 ・・・寒い。
 
 なんなんだよ東北・・・ 10月で気温一桁とかふざけんじゃねえぞ・・・
 
 

 
 これまでのずっと関西に住んでいた。そこは10月でもまだ半そでで通用する世界で、朝晩はそろそろ上に羽織るものがいるな、な温度だった。
 
 去年の冬は千葉に住んでいて、そこはまあ寒かったのだが、それでも対応可能な土地だった。就寝時と起床時にヒーターを使えば、それで済む話だった。
 
 だが、今いるのは岩手県宮古市。雪国である。
 
 私は寒さにそこそこ強いと思っていたので、11月の連休に千葉の自宅に帰ったときに、ついでにヒーターを岩手へ郵送すればそれでよいと考えていた。
 
 しかし、もはや来月まで耐えられそうにない。私には可及的速やかにヒーターのぬくもりが必要だ。
 
 そう思い、近所の東京行き長距離バスセンターの受け付けへと足を運んだ。10月にも連休はある。予定外の出費だが、いたしかたあるまい。
 
 
 
「申し訳ありません。満席です」
 
 
 
 なん・・・ だと・・・
 
 バスが使えない。なるほど、私は東京に行きたがる宮古市民という競合相手がいることを、すっかり失念していたようだ。人生は椅子取りゲームだ。
 
 だがしかし、ここであきらめるわけにはいかない。地球寒冷化はまったなしなのだ。
 
 
 あきらめて新しいのを買う? 初期投資が大変そうだ。
 
 もしくは近所の暖房のきいたマクドナルドで粘る? 店員に追い出されそうだ。
 
 それとも、昔、クリスマスのラッピングのアルバイトのとき出会ったマダムのような、ストーブを恵んでくれる人を待つ? そんな人は都合よくいない。
 
 
 やはり、取りに行くしかないようだ。
 
 千葉県へ、ヒーターをとりに、およそ600キロの道のりをーー
 
 
 

 
 借り物のスズキアルトに乗って。


 
 ヒーターを求めて600キロ 前編



 10月6日 午後6時。
 
 万難を排して、車に乗り込む。
 
 キーを回し、エンジンをかける。レバーを「N」から「D」にいれ、サイドブレーキをはずす。
 
 ライトをつけた。暗い駐車場がほんの少しだけ、明るく照らされる。
 
 カーナビを操作した。
 
『目的地まで、およそ、591キロです。18時間30分ぐらいかかります』
 
 ブレーキペダルから足を離す。ゆっくりと車が前進し始める。軽くアクセルを踏んだ――
 
 今回のルートを説明しよう。
 

1.岩手県宮古市から国道45号を南下。気仙沼市まで行く。

2.気仙沼から三陸自動車道の無料区間を進み、宮城県仙台まで。

3.無料区間が有料区間になるところで降り、45号に合流、そのまま4号、6号と、海につかず離れずのコースを南下し、福島県へ。

4.被ばくの危険があるため、徒歩と二輪車での通行が禁止されている地区を突破し、茨城県へ。

5.国道6号をあいかわわらず南下。日立市、ひたちなか市、東海村、とかを通過し、千葉県柏市へ。国道16号に移る。

6.国道16号をそのまま進み、成田空港の方面へ。

7.途中にある八千代市っていう田舎で田舎道に入り、そのまま自宅へ


 え? 高速道路を使えばもっとシンプルかつスタイリッシュにいけるんじゃないかって? え、そんなことしたら片道一万円近くかかってしまって、地元でヒーター買うほうが安いじゃないですかやだなもう。
 
 
 ちなみに俺、ペーパードライバーだからそこんとこよろしく。
 
 
 国道45号は、仙台と岩手県久慈市を結ぶ道路で、三陸沿岸部の動脈だ。これがないと、この地域の人は暮らしていけないだろう。
 
 なのに・・・

 
 
 この暗さである。奥に見えてるのがトンネルへの入り口ね。
 
 鼻をつままれてもわからず、アップダウンがはげしく、曲がりくねって、場所によっては「鹿に注意」の看板が連続している。
 
 宮古から気仙沼までは、およそ130キロ。こんな道を、馬力の出ない軽自動車で、ちまちま進んでいく。
 
 夜間走行を選んだのには、それなりに理由がある。
 
 昼だと、この道を時速80キロぐらいで攻める地元民がけっこういるから、マイペースな進撃ができないと踏んだのだ。
 
 しかし・・・ 暗いなあ。暗いから景色が見えずにつまらんぞ。
 
 で、こうゆう退屈な道はさっさと通過するに限る。
 
 およそ2時間走れば、気仙沼市に到着する。ここはまだ通過点だ。
 
 ここから東に進路を変え、仙台を目指す。三陸自動車道が無料で伸びているから、使わない手はない。
 
 ここで時速●40キロだして、距離を稼ぐ。スズキ・アルトの限界に挑戦するぜ!
 
 予定より二時間近く早く、仙台に到着する。千葉県の自宅への予定到着時間は、次の日の10時50分ごろに早まっている。出発したときは、12時50分着の予定だった。

 遠くから仙台の街明かりを見たとき、一瞬ここの電気屋でヒーター買えばいいんじゃないかと思ったのは内緒の話だ。
 
 今日の行程としては、日付が変わる前に福島県に到達して、どっかの道のえきで車中泊するつもりだ。
 
 生まれて初めて利用する、セルフのガソリンスタンドの使い方がわからず、右往左往しているとき、小さな地震があって、夜中にもかかわらず防災放送が流れた。――とくにこれといった影響はなさそうだ。
 
 いやそれにしても鬼門だね、セルフスタンド。お釣りをどこで受け取ったらいいかわからず、10分ぐらい探し回ったぞ。
 
 ここから福島までは、特に特筆すべき道じゃない。阿武隈川をわたったころ、さっきから降っていた雨が強くなり、車内との温度差で窓ガラスがくもってきた。
 
 予定通り、日付が変わる直前に、福島県に到達した。俺のやることはわからない、進むだけだ。多少の疲れは、勤め先の事務所から失敬してきたリポビタンDでカバーだ
 
 やがて・・・
 
 こんな看板が見えてきた。
 
 
 
 
 道は続いている。 
 
 横に入る道はどこもフェンスで閉鎖されている。電気がついておらず、ガラスのなくなったファミリーマートを横切った。雨がますます強くなる。
 
 アスファルトの「50」の数字が消されており、ときおり長距離トラックと、すごいスピードですれちがった。ハイビームのライトがまぶしい。
 
「⇦福島第一原子力発電所」と書かれた看板が見えた。思わず曲がってみた。
 
 まあ、すぐにフェンスに阻まれたのだが。

 
 最近『みちのくに みちつくる』って漫画を読んで、最終話に、これと同じタイプのフェンスの前で、その先に住んでいた少年が涙するってシーンがあるんだけど、実際に見るとやっぱ思うところあるよな。うわあ、実在してるんだって、失礼にも思ってしまったぞ。
 
 普通にある「⇦福島第一原子力発電所」の看板と言い、街に密着した存在だったんだな、原発。
 
 ところで、ここ、ちょっと休憩するのにちょうどいいな
 
 メイン通りとフェンスの間に、ちょうど空間ができてるんだけど、一時停車するのにぴったりなのだ。
 
 道のえきはまだ遠いし、雨降って前見えないし、対向車のライトで目も痛い。アクセル踏みっぱなしなのに飽きたし、なによりすごく眠い。
 
 よし、ここでちょっと寝よう! 
 
 工事車両が通過するかもだけど、日曜は現場も休みだよね(憶測)。
 
 ・・・・・・2時間後
 
 ・・・寒い。
 寒くて眠れん。
 
 やはり、高校生の頃から使っているボロのウィンドブレイカー一枚では寒気を防げないか。
 
 仕方ない。いやいや出発するか。
 
 で、夜中の2時ごろに出発し――
 
 明け方には、茨城県に進入した。今度はちゃんと光っているファミリーマートで、ファミチキと眠気覚ましドリンクを買う。日立市に入る。
 
 乗り物が好きで、置いてあるショベルカーとか結構見るんだけど、みんな日立製だ。名古屋にトヨタ車しか走っていないのと、同じ理屈かW
 
 朝8時ごろ、牛久市っていうそんなに大きくもなさそうな町で渋滞に巻き込まれたけど、それ以外は快調だ。
 
千葉県との境目に流れている利根川を見たとき、ちょっと感動した。はぁ~、もうちょっとで家だ。
 
 千葉県内で再び渋滞に巻き込まれ、ここが一番イライラタイムだった。
 
 しかし、ついに・・・
 


 
 やった! やったぞ! 大きな木の見える、シルバニアファミリーのCMのモブみたいなアパートに着いたぞ! 
 
 家についたからには、やることは一つ。
 
 寝ることだ、おやすみ。



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