2017年5月23日火曜日

東京三十六景 第二回

斎藤道灌と東京国際フォーラム内部

日本武道館

味の素スタジアム

上野と成田空港を結ぶ特急

Suica(関東のICOCA)専用自販機

無数にある首都高への入り口

東京ドームが見える庭園(小石川後楽園)

保育園の看板

新宿のホテルの窓から

湯島天神

上野不忍池(コイキングがいっぱいいる)

アメ横

2017年5月6日土曜日

モデラーのための氷川丸 写真



先日、横浜の山下公園に係留されている「氷川丸」に行ってきた。

氷川丸は1930年竣工。もともとアメリカのシアトル航路用に建造された貨客船だ。当時、日本の海洋航路事業は、欧米の依存から独り立ちして間もない頃で、「日本でも優秀船を!」の声の中で作られた。第二次世界大戦中は病院船として徴用され、姉妹船の平安丸が戦没する中を生き残った。戦後は貨客船に復帰し、1960年に引退後、横浜港のシンボルとして今日まで係留されている。

戦闘艦じゃないのに、プラモデルの「ウォーターラインシリーズ」にラインナップされているめずらしい船で、将来「艦むす」の一人に列せられるかもしれない。

ここでは、いくつか撮って来た氷川丸の写真を掲載して、モデラーの資料用に提供したい。



後部

舵

2階左舷側通風

2階右舷側通路

救命ボート

甲板はこんな感じ


窓


通風口

船橋から船首を見る

錨巻き上げ機

煙突

右舷側柵

船長室とそこへの階段(船橋裏)

右舷側2階から3階への階段

右舷側外壁

外壁(まさかのリベット張り)

隣の桟橋からの右舷

船橋(3階中央が船長室)



正面に回って撮る



氷川丸の入船料は大人300円とリーズナブルで、休船日は月曜日。アクセスは、地下鉄みなとみらい線「元町・中華街」駅4番出口から徒歩3分だ。少し距離はあるが、JR横浜駅から歩けないこともない。筆者は「みなとみらい大通り」沿いに、40分ほどかけて歩いた。道中には帆船の「日本丸」もあり、船好きならこれも見ておこう。



もし現地に赴いて写真を撮るなら、見学客が少ない平日がいいだろう。後、氷川丸は陸地側にお尻を向けて係留されているので、船首の部分を撮りたかったらすぐ隣を発着する「シーバス」に乗り込んで海から撮る必要がある。シーバスの料金は赤レンガ倉庫街までなら350円、横浜駅までなら700円だ。

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2017年5月5日金曜日

モデラーのための八九式戦闘車写真


いやね、いろいろ写真撮ったんだけど、全然いいのが撮れなくてね。

なんか、「軽い妨害電波出てんじゃねえの?」ってレベルでピンぼけするのよ。

模型を作る立場からすれば、資料的価値はほとんどないけど、それでも参考までにアップする。

機会があれば撮影再チャレンジしたいっす。

まずは正面

背面

ジェリ缶

ガンポート(銃眼)

発煙筒発射機

MAT(有線式ミサイル)発射機

転輪

サイドスカートを吊る金具

自衛隊の最終兵器


35ミリ機関砲

フロントライト

部隊名(普通科第1教育隊)

キャタピラ

2017年5月3日水曜日

私、超会議2017に行く。

にこにこじまが ありまして♪
 
にこにこ仲間がいるんです☺


ひょんなことから、「ニコニコ超会議2017」に行くことになった。

特にニコ厨ではないし、ニコ動は「ようつべ」に転載されたぐらいのしか見ない私が、いったいどういう風の吹き回しだろうか?

答えは簡単。夕方から帰宅する退場者の群れをスタッフとして整理するアルバイトがあるからだ。どうせなら昼のうちに「超会議」を楽しんでおこうという魂胆だ。

正面で入場券を買ったら、コンクリで作られた立派な建物である「幕張メッセ」を。敷地に沿ってぐるりと回る。膨大な数の参加者なので、敷地の外に列がはみださないようにするための配慮だ。

ちなみに列整理のために、百本ほどアルミ柵が並んでいるんだけど、これはおととい私と中年の社員がぶつぶつ言いながらセットしたものだ。

で、会場に入ってまず目指したのはコイツだ。


八九式戦闘車と言って、数十台しか製造されていない、レアな車両だ。 今日はこれを見に来たと言っても過言ではない。

この超会議は、普段「ニコニコ」に参加している人々だけでなく、総務省や防衛省などの役所、私企業、そして相撲協会や歌舞伎協会が参加している。いわば「ニコニコ動画」というコンテンツに集まった人々だな。








で、私が注目したのはコイツだ。


日本航空の、フライトシュミレーターだ。最新型であるボーイング787を操縦できるぞ。

こう見えても飛行機はかなり好きな乗り物だ。『学研の大図鑑』と『世界の駄っ作機』で培った知識を今ここに!

・・・あれ、なんだか意外とむずかしいぞ・・・

離陸は、「それ戦闘機の離陸する急角度だから!」と教官にツッコミを受けつつも、なんとかうまくいったものの、着陸が・・・

あああ、機体をバウンドさせつつ滑走路を45度に横切る形に!

みんなも、もし道端に飛行機があっても、これに乗ってやろうなんて考えない方がいいぞ。たぶん、死ぬから!

で、ここでちょっと昔話を。



今から16~17年前の、だいたい西暦2000年頃は、まだ「動画サイト」自体がマイナーな存在だった。
かの「you tube」でさえ知名度はなく、「ニコニコ動画」なんて知る人ぞ知る存在だった。しかも、「ニコ動」にはちょっとネガティブなイメージがついていた。当時は「MAD動画」全盛期で、表沙汰にするにはさしさわりのある存在だったのだ。

しかし時は流れ、ニコ動にも「大衆化」の時代が来た。

「歌ってみた」とか「踊ってみた」とかの、個人が気楽に撮影・編集した動画が出回るようになったのだ。

これらの動画は当初、古参のニコ動ユーザーからは軽蔑を買った。それまでのMAD動画は「職人技」と言っていいものがたくさんあり、それらに比べたらお粗末なイメージを与えたんだな。

しかし、この「気軽さ」は、存外捨てたものではなかった。これは手軽に作れるがゆえ多くのユーザーが同じような動画を発信し、見る人も増え、今では「○○ってみた」シリーズは立派なコンテンツとして通用している。

踊ってみたステージ


もし、ニコ動の歴史から何か学ぶとすれば、「数は力」だろうか。今回の超会議は二日間にわたって行なわれたのだが、総来場者は15万人ぐらいと見積もられている。二日で15万人動員するイベントは、日本ではそうそうない。

古き良き「ニッチな」MAD動画だけでは、ここまでの発展はなかっただろう。



それはさておき、にこにこじまが舞台である、「にこにこぷん」の話だ。
この番組放映時、私は物心さえついていなかった。が、それでもこのタイトルと「じゃじゃまる、ぴっころ、ぽーろりー」のキャラの名前は覚えていた。原体験とは偉大である。

もしかしたら「にこにこぷん」を見ていた子どもたちが、「ニコニコ動画」に無意識な懐かしさを感じて、初期の担い手になったのかもな。


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