2019年2月13日水曜日

たまむず本 第五回 ソレル『暴力論』


「〈戦争と革命の20世紀〉を震撼させた書!」「ムッソリーニとレーニン」にも影響を与えた」という謳い文句に惹かれて読み始めた『暴力論』を、大学生だった私は序論で挫折した。


その書き出しはこんな感じだ。

わが親愛なるアレヴィに、
私自身がその判断を大変評価している友人たちが、歴史に記録されているもっとも特異な社会現象のひとつ〔暴力〕を、人々によりよく理解させえるこの考察を、公衆の目のとどく場所に位置づけるべきだと考えなければ、私はこの研究を、ある雑誌〔『社会主義運動』〕のバックナンバーのうちに埋もれたままにしておいたことだろう。

今村仁司・塚原史訳『暴力論(上)』岩波文庫 P15

 
あのさあ、書き出しって、大事じゃん。なんでこんな何回も読まないと理解できないような書き出しにした!?

 
「アレビィくん、読み捨てられる雑誌の記事に過ぎなかった私の考察を、単行本にするようすすめてくれてありがとう」

 
って書けばいいだろ?

当時、大学生として、アリストテレスの『政治学』とか出エジプト記以降の『旧約聖書』とか、くそつまんない書物を読んでいた私に、これ以上むつかしい書物を読むキャパシティは残っていなかった。

それから、数年後。

「BOOKOFF」で上下二冊がそろっているのを見つけたので、再び挑戦してみたわけだ。


●目次

1.そもそもどんなことが書かれているか?
2.解説
3.総評:この本は読むべきか?

 

1.そもそもどんなことが書かれているか?


この本がどんなことが書かれているかを知ってもらうには、最後の締めの言葉を読んでもらうのがいいだろう。

けれども私は、墓に降りる前に、今日冷血までに勝ち誇っている傲慢なブルジョワ的デモクラシー諸国が屈辱を受ける様子を、ぜひこの目で見たいと願っているのである!
 
今村仁司・塚原史訳『暴力論(下)』岩波文庫 P276



作者のソレルは、フランスの人である。

だから、ここでいうデモクラシー諸国とは、フランスなどの欧米諸国のことで、屈辱を与える相手とは、プロレタリアート(貧民)のことである。

この本が書かれた頃は、『共産党宣言』で有名なマルクスの影響を受けた(曲解した)人々によって「革命」への機運が高まっており、また「革命」とむすびついた「社会主義」の説明が求められていた。

毀誉褒貶あった「社会主義」への分析の中、ソレルの『暴力論』は、広い視野にたってのものだ。

主な主張は、ブルジョワの力(フォルス)による支配に対する、下層階級からの暴力(ヴィオランス)の容認だが、ただたんに容認したわけではない。

むしろ彼は、「暴力」に新しい意味を与えようとしたとさえいえる。

彼の言わんとしている「暴力」の意味を、列挙してみる。

・力への意志
・実践
・創造力
・道徳
・労働
・徳



は? みたいな感じだが、ソレルの暴力は単純な物理的な暴力ではない。

それは、「新しいもの」を生み出すための力であり、「古い体制」を打倒するための振る舞いである。

非常に大ざっぱに言えば、ソレルは歴史的な考察を通じて、「暴力」の重要性を説き、それを理想社会への「手段」としての意義を与えようとしたと言える。



2.解説


ソレルが生きた19世紀から20世紀に変わる時代、政治は腐敗し、権利は金持ちに集中し、社会は退廃している、と人々は思っていた。

だから、「階級闘争」が手段として、あるいは目的として、正当化されていた。

ソレルは、「革命」「階級闘争」に興味を持ち、そして「社会主義」に共鳴した。職を定年退官したあと、余生をその研究に捧げたのだった。

一言言っておくと、彼はフランスの高級官僚を勤め上げた男――つまり体制(ブルジョワ)側の人間である。体制側の人間だからこそ、現状の欠陥がわかったのかもしれない。

『暴力論』は、マルクスの著書に感銘を受けたソレルが、ヨーロッパの歴史を分析し、「暴力」ののちにある現代社会の「救済」を、謳いあげたもの、と言える。


ソレルの主張は、次の3点である。
 

・プロレタリアの「暴力」は、歴史的に特別な意味を持っている
・「フォルス」は、新しい社会のための「歴史の産婆役」である
・フォルスへの反発による、プロレタリアの「暴力」により、新しい社会が作られる




ソレルは、博識の人であった。

古代ローマやイスラエル民族、イギリス議会やフランスの教会組織、ドイツの軍国主義とロシア帝政、様々な歴史の事象を分析し、それが「抑圧」と「暴力」のくり返しであることを証明していく。

その作業は錯綜し、結論はなかなか見えない。

ナポレオンの業績について語っていたと思ったら、キリスト教の分析をし始め、フランスの刑法が作られた時代について説明したと思ったら、次の行ではアメリカの社会慣習について筆を連ねる(そして、その章の主題である「暴力の道徳性」については、なかなか辿りつかない)。


ただ、過去の事象から、現状を説明しようという姿勢は一貫している。


彼の思いは、腐敗した体制の打倒であり、マルクスを無批判に受け入れた他の社会主義者への怒りであり、そして分析を通して理想社会への道しるべを示す事だ。



では、『暴力論』の具体的な解説に入ろう。

まずフォルスだが、それは、少数の統治者による民衆への「強制力」である。これは軍隊などによる物理的な弾圧から、制度による目に見えない圧力までふくんだ概念だ。

そして、フォルスに対抗するのが、民衆の「暴力」である。

先に書いたように、暴力は多様な意味を与えられる。

「暴力」は、押し付けられた秩序の破壊であり、そのための「力への意志」や「創造力」「道徳」などが、渾然一体となったものだ。「暴力」は単なるストライキであってならず、理想社会実現への「意志」でなくてはならない。

フォルスと「暴力」の関係だが、ようはフォルスによって民衆が抑圧され、その民衆から暴力が生まれる。ソレルはマルクスに倣って、それを「フォルスが暴力の産婆役」という表現を用いている。

そして、この「暴力」がファルスを圧倒して、新しい社会を作る、とソレルは説明する。

この「暴力」が、古代ローマの覇権やフランス革命の原動力になったのだ、と。



3.総評:この本は読むべきか?


ソレルの『暴力論』は、当時問題になっていた「政治腐敗」「貧富の差」を考察し、それを改善できると期待した「社会主義」に、理論的な道筋を与えることを目指した。

民衆の暴力が歴史的に特別な意味を持つ、という主張自身は正当なものだし、ファルスとそれに対立する「暴力」は、「抑圧と昇華」という心理学的事実からも説明できる。



では、1908年初版のこの本を、現代の我々が読む価値はあるだろうか。



その答えは、『暴力論』の付論Ⅲ「レーニンのために」(1919年刊行の第4版で追記された)の、ある部分を読めば、おのずから明らかになるだろう。

ロシア社会主義が安定した経済になるためには、革命家達の知性が極めて活発で、十分に訓練され、偏見から解放されていなくてはならない。レーニンが、そのプログラムのすべてを実行できないことがあり得るとしても、彼は全世界に対して非常に重大な教訓を残すであろうし、ヨーロッパ社会もその恩恵を被ることができるであろう。レーニンは、彼の同志たちが成し遂げることを当然誇ってよい、すなわち、ロシアの労働者たちは、これまでは抽象的観念でしかなかったものを実現する事業に着手したことで、不滅の栄光を獲得するのである。

今村仁司・塚原史訳『暴力論(下)』岩波文庫 P266

強調は、このブログの作者による)



100年後に生きる我々は、レーニンの同志や後継者たちが彼の死後、ソレルが打倒されるべきものとした「フォルス」の、もっとも強力な行使者たちであったことを知っている。

ソレルは「傲慢なブルジョワ的デモクラシー諸国が屈辱を受ける」ことを望んだ。だが、屈辱を受けたのはむしろ、思想的な害悪をばらまき、天文学的な数の民衆を(物理的に)抹殺した社会主義国であった。

それにソレルは、マルクスの忠実な弟子でありすぎたように思う。

『暴力論』は、マルクスの資本論からの引用が少なくないし、該博な歴史的知識も、その多くが「マルクスの思想」の補強に使われている。

そもそも肝心の「暴力」の説明が、マルクスの思想のほぼ流用である。

また、「力への意志」という言葉からもわかるように、ニーチェの影響も受けていた。
 

ニーチェの影響を受けたマルクスの弟子、というのが、ソレルの正確な評価だろう。


そして、現代の我々が読む価値はあるかという問いへの答えだが、

彼を読むのなら、マルクスやニーチェを読んだほうがいい、

と断言しなければならない。

「ソレルを読んでいる」と言ったら、大学の指導教官は感心してくれるかもしれない。が、分析力、直観力、そして文章の読みやすさ(ここ大事)、ほとんどにおいてマルクスとニーチェが優れている。

それでも、『暴力論』を読む意義が(歴史的な関心以外で)あるとすれば、それはひとつにしぼられるだろう。
 

本人の願望そのものの予言は、常に外れる可能性がある

という教訓だ。

たとえ歴史にくわしくて、改革へのビジョンを持っていても、「○○主義」を奉じた時点で、視野と知識を狭めることになる。

ソレル自身はそう読まれることを嫌がるかもしれないが、彼自身が様々な国や時代から事件や出来事を引用したように、現実は多様であり、ひとつの思想がすべてを圧倒する事はない。

この多様性こそが、フォルスを生み出す要因であり、そして「暴力」が生んだ結果でもある。



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