2017年10月6日金曜日

たまむず本 第四回 しまたけひと『みちのくに みちつくる』



漫画家が大地震を取り扱ったらどうなるか
しまたけひと『みちのくに みちつくる』双葉社
主な成分:大地震 被災地支援 トレイル 葛藤する人々

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 遠出をすると、普段はまず手に取らないような本を手に取ることがある。『みちのくに みちつくる』も、三陸に長期滞在しなければ絶対に買うことはなかっただろう。
 
「みちのく」は、うんと簡単に言えば福島県から青森県までの地域を指す言葉だ。
 
 それで、この漫画がなにを描いているかというと――
 
 

2011年の東日本大震災の被災地を、歩いて踏破した記録、だ。



 漫画なので、まあ、フィクションである。が、実際に700キロのみちを取材した経験をもとにした、漫画である。

 

 

●みちのく潮風トレイルについて


 東日本大震災クラスの地震になると、いろいろな省庁がてんでばらばらに復興に向けた取り組みをするんだけど、「みちのく潮風トレイル」は、環境省が主導して整備をしている自然歩道だ。
 
 青森県八戸市から福島県相馬市まで、海岸線沿いに延びる全長700km。三陸地方は兵庫県の南部以上に、海と山の間が狭いから、実質的には山あり谷ありの道だ。当然、村や町も通ることになるので、これを機に三陸を知ってもらって、復興につなげようという考えだな。

 

●トレイルってなんぞや?

 
 環境省は抜かりなく「みちのく潮風トレイル」のサイトにリンクする形で、「トレイルとは」の項目を設けている。それによれば、
 
 
「森林や原野、里山などにある「歩くための道」のこと」で「こうした道を、歩くはやさで旅するのがトレイルです」
 
 
としている。付け加えると、語感が似ている「トレッキング」は主に山の中を歩くことを意味して、「トレッキングシューズ」と言えば、靴が足首より上まで覆っている軽登山用のブーツのことだ。ただし、「トレイル」と「トレッキング」の厳密な区別はない。

 

●どんなことが描いてある?

 
 一言で言えば、東北にゆかりのある人々が、それぞれの悩みを抱えながら歩いていく、という内容だ。
 
 歩く人間は三人。
 
 作者の分身と思しき漫画家と、関西弁の女性ライター、そして、被災直後にボランティアに行ったけど遺体を見つけてしまい「逃げて」しまった経験を持つ女子大生。
 
 この三人が、まだつくっている途中の「みちのく潮風トレイル」を歩き、被災地をめぐり、そこに住む人々と会う。
 
 一人は漫画を通じた支援を考え、一人は「みちのく潮風トレイル」を気兼ねせずに楽しもうとたくらみ、一人は逃げたことへの後ろめたさへの「再チャレンジ」的な意図で、この旅に参加する。
 
 三者とも、微妙に動機は違うものの、「復興支援」という思いは共通していて、「みちのく潮風トレイル」を南下していくのだ。

 
 

●この本を読む意義は?

 
 妙に思われるかもしれないが、まず「旅行パンフレット」として優れている。
 
「みちのく潮風トレイル」は、「観光道」として整備されているから、当然沿道沿いに、風光明媚な場所や名物となる古刹がある。この漫画ではそれらの紹介のほかに、ご丁寧にその日泊まった旅館や民宿も描写してくれているから、その日の宿まで見当づけることができる新設設計だ。
 
 三陸沿岸の各市町村のホームページを見ていると、その町や村にどういった名物があるかはよくわかるのだが、そこを堪能したとして、次はどこへ行けばいいかはよくわからなかったりする。そういった意味では、他所から旅行に来る人の一助となるだろう。
 
 あと、実際に歩いただけあって、現地の雰囲気がよく再現されている。
 
 道すがらに会う登場人物一人ひとり、いかにも三陸の街や道にいそうな人だし、道中の風景や建物の描写がいい。これらは漫画の一コマとして描かれたものだから、凝った技法が使われているわけではないけど、特徴をよくとらえていて、近くまで来たらつい寄りたくなる。
 
 
 
 ただ、不満点がいくつかある。
 
 どっかのレビューに「内容が薄い」的なものがあったのだが、これは外れているにしても、「中途半端」な点があったことは否めない。

 ひとつは、「被災地への遠慮」と「フィクションマンガという手法」を選んだことによって、一種独特の距離感があることだ。
 
 せっかく現地を歩いたのに、情報のほとんどがテレビやインターネットで調べられる内容の紹介にとどまっている部分が多いように見受けられる。
  
 このマンガの現地取材が2013年~2014年に行なわれており、その時点では適切な距離感だったのかもしれない。
 
が、だからこそ「震災から2年しかたっていない」(あるいは、もう2年もたってしまった)ということを重点にして、描いてもよかったのではなかったか。
 
 神社やお寺の紹介を丁寧にやってくれており、その点は大学で歴史学を専攻した身としてはうれしいところだが、おそらく神社やお寺は、震災後5年、10年たってもそこに変わらずあるだろうし、現に存在している。
 
 私見では、マンガの○歩目と○歩目(第何章に相当)の間にコラムを設けて、そこで紹介するやり方を、すればよかったと思う。
 
 
 
 もう一つ。「みちのく潮風トレイル」にそのものに関することだ。
 
 まだ未整備のこのコースを、先んじて歩いた、ということには大変意義がある。私も歩いたり、車でめぐったりしたが、国道45号なんてよく歩いたものだ。
 
 ただ、一番根本的な部分、「みちのく潮風トレイルがちゃんと完成し、機能するのか」という問いに、まったく触れていないのは、個人的に残念だ。
 
 おそらく、とりあえずの形、では完成するだろう。しかし、それは既存の車道や、生活道路として使われている林道を、組み合わせた形でだ。
 
 そのルートには、国道45号や44号のような、十分な歩道がなく、交通量も多い、あまり歩くのに向いていない道が含まれるし、また、鵜ノ巣断崖の下を通るルートなど、一番面白そうなところは開通していない。
 
 観光客に「森を育てに」行かせたくなければ、もう少しトイレが必要だし、自販機もあったほうがいい。あと、津波の際の避難所を指示した看板も、整備する必要がある。
 
 このあたりの道や海岸沿いは、高潮や台風で一年以上不通というのが当たり前だが、果たして生活道路の維持も間に合っていない各町村が、トレイルのための道を本気で維持できるか、という問題もある。
 
 作者さんが取材したとき、そんなことを問うような状況ではなかったのだろう。ただ、つまるところこのトレイル道は「公共事業」であり、公共事業がうまくいくか頓挫するかは、もう何十年も言われ続けたことだ。
 
 たった一言でいいから、触れてくれてもよかったと思う。
 
 
 
 最後に一つ、この作品の値段のことだ。
 
 このマンガは、一冊1000円だ。つまり、税込みで1080円である。上下巻だから、2160円だな。
 
 なんで、この値段設定にしたのだろうと、疑問だ。
 
 作品のよしあしに関係なく、手に取りやすい値段というのが、本には存在する。文庫ならワンコイン、つまり500円未満だ。
 
 マンガで1000円を出す、というのは、本を新本で買う習慣がある人間にとっても、手を出しにくい金額だ。1000円札一枚で買えないのだから。
 
 作者さんは、間違いなくこの作品を多くの人の手にとってもらいたかったはずだ(その思いは伝わってくる)。ならば、910円とかの半端な値段になってもいいから、1000円未満の販売価格で、提供すべきだったと思う。
 

 ※ ※ ※
 
 長くなったが、結論を言えば、この本は「震災後の間もない時期」に「実際に歩いて」「マンガとして昇華」した唯一無二の作品だ。
 
 残念ながら取材当時、道が未整備だったこともあって、「みちのく潮風トレイル」を歩く参考としてはあまり期待できないが、それでも、当時の震災直後から復興を目指す期間の雰囲気を伝える、貴重な記録になっている。
 
 
 
 最後の最後に、笑い話を一つ。
 
 この記事を書くにあたって、『みちのくに みちつくる』を当然、インターネットでいろいろ調べようと思ったわけですよ。
 
 で、「みちのくに」まで打つと、とんでもない予測変換が出たんだよ。


 


 なんだ? 「陸奥になるビーム」って? 俺をバカにしているのか!?
 

 案の定、艦これネタで、なんでも強キャラの「長門」を建造中に、リアル艦での不幸な事故ゆえ「幸運」のステータスが低い「陸奥」に変化してしまう、という謎のビームのことらしい(長門と陸奥は姉妹艦)。
 
 久々に、世の提督諸賢に軽い殺意を覚えた瞬間だったぞ。
 
 
 
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